第7話 アリス・ヴェンダー改めアリス・サウード

「綺麗だよ、アリス。一生懸命作ったドレスが、君の朝陽のような金髪やエメラルドの瞳を引き立てているよ」

「あなたも素敵よ、ウィル。お世辞が上手いのね」

「本心だよ」

「ふふっ……ありがとう」


 アリスは無事持ち帰ったウェディングドレスを身に纏い、同じく婚礼衣装姿の新郎ウィリアムと見つめ合っていた。アリスは白のレースに銀糸の刺繍が入ったドレス、ウィリアムは白いシルク生地に金の刺繍を施した婚礼衣装で、ふたりが並んでいると神々しいほどに眩く美しかった。


 実家を離れアラービヤに戻った二日後。今日は二人の結婚式の日だった。

 

 当初準備に一ヶ月かかると言われていた結婚式はアリスがウェディングドレスを持参したことで状況が一変した。唯一完成していなかったヴェールも、アリスの母が完成させ別れの際に渡してくれており用意する手間が省けた。


「いいドレスじゃないかアリス。これがあれば結婚式の予定を早められる。二、三日後にはできるだろう」

「え、そんなに早く?」

「ああ、花嫁のドレスを作るのに一番時間がかかるからな。式場なんかは領主権限ですぐにでも使えるさ」


 ウィリアムの屋敷に着いたあと、ファハドは従者に指示し領内の寺院テンペルや各所に連絡。二日後の結婚式を執り行う準備がすぐに整ったのだ。


 結婚するつもりでアラービヤにやってきたアリスだが、気になることがあった。


「ねえウィル。あなたのご両親はどうしているの? さすがに式の前に挨拶したいのだけど……」


 アリスの問いかけに、ウィリアムが指先をクネクネさせながら返事をした。


「僕の両親は、二年前に事故で他界しているんだ」

「そうだったの。何も知らずにごめんなさい」


 ウィリアムが「ううん」と言って首を横に振った。


「アリス、今まで領地の運営は俺がかなりサポートしてきたが、最近は忙しくなってきて難しい。領主夫人として、弟を支えてやってくれ」


 ファハドがアリスに丁寧な礼をした。よほど弟のことが心配なのだろう。アリスは気を引き締め、力強く頷く。


「任せてください。バルでの接客は得意じゃなかったけど、宿屋の従業員たちとはうまくやっていたの。この屋敷でもがんばります!」


 二日後、領内の寺院でファハドとその従者に見守られながらアリスとウィリアムの結婚式が始まった。


「これより、ウィリアム・サウードとアリス・ヴェンダーの結婚式を執り行う」


 まずふたりは「結婚契約書」にそれぞれサインをした。これには財産の分配や不貞への取り締まりなど夫婦のルールが記載されていた。そして寺院の責任者が受理しその場で夫婦となる。


「それでは新郎は結婚指輪を新婦に」

「はい」


 アラービヤでは結婚指輪は新郎が用意することになっている。これはアリスを攫うと決めてすぐに作ってあったらしく、すでに用意が済んでいた。ウィリアムのものはシンプルなプラチナ製、アリスのものはダイヤモンドが連なるエタニティリングだった。


「アリス、右手を……」

「はい」


 まずは右手の薬指に指輪をはめる。これはアラービヤ独自のしきたりだ。アリスの右手薬指に結婚指輪が輝いた。


「それでは、お披露目の口づけを」

「はい……」


 ウィリアムがアリスのヴェールに手をかけた。その手は小刻みに震えている。アリスにも緊張が伝わり、胸が苦しくなった。

 そしてゆっくりとアリスの唇にウィリアムの唇が重なる——。


「これでウィリアム・サウードとアリス・ヴェンダー改めアリス・サウードは夫婦となりました。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 責任者からの祝いの言葉に、アリスはしっかりと頭を下げ礼をした。そしてウィリアムと一緒に結婚指輪を左手の薬指につけかえる。簡素ではあるが、これで結婚式は筒がなく終了となった。


「アリス、僕……っ、嬉しいよ……!」


 感極まって泣き始めるウィリアム。アリスは彼の蜂蜜色の双眸そうぼうから流れる涙を手で拭う。


「もう、泣き虫なんだからウィルは。これから、よろしくね」

「よ、ろ、し、くぅ〜っ」


 アリス・ヴェンダー改めアリス・サウード十八歳。

 彼女は三歳年上の夫ウィリアムに愛されながら、領民に優しい雇用改革や領地運営でまずは領民の心を掴んだ。そして最終的にはアラービヤ共和国を近隣諸国の民から理想郷と羨まれるほど豊かで優しい国へと変えていく。


 晩年はその美しい金髪から「太陽の貴婦人シャムス・サイーダ」と呼ばれ、神の次に崇められたアリス。今日は彼女の新たな人生が始まる日となった。


>>第二章へ続く

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