第37話 続・女死霊使い、過去を振り返る(SIDEエンジュ)Vol.2

 「全てを捧げたいとは随分急な話だな……」


 テーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛けていた男エルフは納得いかないと言わんばかりの顔をしていた。


 「この時にそう思ったわけじゃないわよ……戻れるなら全力でやめさせたいけど」

 「よくわからんな……」


 男エルフはため息混じりにそうこぼす。


 「あなただってこの人……いやエルフに生涯を捧げたいと思ったことあるんじゃないの? ましてや人間の何千倍もいきているんだから腐るほどあるんじゃないかしら?」

 「……むしろその逆だ、我々エルフは人間のように頻繁に求愛行動は行わない」

 「そうなの……?」

 「長く行き過ぎているせいか、そういうことに関しては欠落しているとも言われて、そんな無駄なことに時間をかけるなら自分の求めてることに時間を費やした方が有意義だと思う風習がある」


 最後にその中でも人間と同じように子孫繁栄に時間を費やす色魔のようなエルフもいるとも付け加えていた。

 

 「……そんなことはどうでもいい、早く続きを話せ」


 男エルフは鋭い目で私を睨みつける。


 「わかったわよ……」


 そう言って私は続きを話し始めていった。

 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「大丈夫か! 俺が助けに来たんだからあきらめるんじゃないぞ!」


 私を覆っているモンスターの後ろから大きな声が響き渡っていた。

 モンスターたちはそちらへと視線を向ける。


 「うおおおおおりやああ!!!」


 叫び声と一緒にビュンビュンと風を切る音が聞こえていた。


 「ぐおおおおおおおっ!!」

 「ぎぎゃあああああああ!!」


 音がした直後に私を囲っていたモンスターたちが断末魔の声を上げながら、倒れていった。


 「よし、今のうちだ!」


 男は私の手を掴むとすぐに来た道を走り出していく。

 

 「ちょ、ちょっと……!」


 私は足がもつれそうになりながらも男の後を追っていく。



 「はぁ!はぁ! どうにか外に出られたな!」


 男に連れられるがままにダンジョンの中を駆け回り、息を切らしながら無事にダンジョンの外へと戻ることができた。

 来た時には雨が降っていたが、今はそんな気配もなく空には真っ赤な夕日が沈もうとしていた。


 「……どういうつもりよ」


 私は掴んでいた男の手を振り払いながら怒りの言葉をぶつけていた。


 「どういうつもりって……探索者として人を助けるのは当たり前だろ?」


 男は下を向き、息を整えていたが、落ち着いたのかゆっくりと顔を上げて私の顔を見る。

 逃げることに必死になって確認する余裕などなかったが、それなりに整った顔をしていた。

 残念ながらボサボサの髪と鼻の下と口の周りに生えている微笑髭が台無しにしていた。


 「……別に助けてなんて頼んだ覚えはないわよ」


 私の言葉に男はため息をついていた。


 「おいおい、何があったか知らねーけど、そう簡単に死を選んじゃダメだぜ、人生楽しく生きないとな!」


 そう言って男は左手の親指をビシッと力強く立てながら満面な笑顔を見せていた。

 クネっとした姿勢に若干の苛立ちを覚えたが、これ以上怒りを見せるのは相手の思う壺だと思いグッと感情を抑えながら、スマホを出した。


 「どうしたんだ?」

 「連絡先教えなさい」

 「もしかして、俺に惚れちまった? いやあ俺って罪な男だ!」


 男の言葉に大きくため息をつく。


 「……助けてくれた借りを返すだけよ」


 そう告げると男はジーパンのポケットからスマホを取り出した。

 確か衝撃に強いとされる男性向けの機種だった。


 LIMEアプリを起動させて、男のスマホ画面に表示されたQRコードを読み込む。

 すぐに画面には『榎 夏生』と書かれたLIME画面が表示された。

 

 「『えのき なつお』……変な名前ね」

 「文句あるなら親に言ってくれ、ってアンタのは何て読むんだ? 見たことのない漢字ばかりなんだけど!?」


 男は自身のスマホを凝視しながら困惑した表情を見せていた。


 「『かいどう えんじゅ』よ、そのうちお礼させてもらうから気が向いたら覚えておいて」


 必要なことを告げるとすぐにその場を去った。


 「……まともな人と話すの久々な気がする」


 帰路につきながら、ふとそんなことを思ってしまっていた。


 

 それからは夏生と一緒にダンジョンに行くことが多くなっていった。

 最初は助けてくれた借りを返すだけだったが、何かと理由をつけて彼と会っていき、気がつけば一緒に暮らしていた。

 あまり感じたことはなかったがずっと一人だったので、心のどこかで人の温もりを求めていたのかもしれない。


 ——まあ、お互いの体を求めるようなことは一切なかったのだが。

 一度だけ酔いに任せて迫ってみたりしてみたが、体よく断られてしまったので、それ以上求めることはしなかった。

 男でもそういうのが嫌いな人は少なからずいると思うようにしていた。


 「ようやく、この下北沢ダンジョンも踏破できるな〜!」


 ポータルで下北沢ダンジョンの最下層である25階に辿り着くと夏生が足早に進んでいった。


 「ボスの姿もみていないのに、何でそんなに呑気にいられるのよ……」


 ため息混じりにそう告げると、それに反応するかのように夏生は丸めた自前の皮の鞭をクルクルと回していた。

 これはこの男が上機嫌の時にする癖なのだが、何でそんなに上機嫌になっているのだろうか。


 「だって、ここを踏破できたら、次は新宿ダンジョンだろ? あそこにはものすごいお宝があるって噂だぜ! 手に入っただけで今の惨めな暮らしともオサラバできるって考えたらワクワクしてくるだろ!」


 満面な笑顔の夏生を見たら、これ以上言っても無駄だと感じ、何も答えなかった。

 別に今の暮らしでも十分だと思うけど。

 

 「いやあああああああ!!」


 そんな呑気な状況を一変させる声が辺りに響き渡っていった。

 

 「な、何だ今の!?」

 「……行くわよ!」


 私は腰にかけていた小型のナイフを取り、声が聞こえた方へと走り出していった。


「いた……ッ!」


 駆けていった先に女性の姿があった。

 数は1人、中級ダンジョンと言われている場所で1人だけということはもしかしたら仲間がやられたのかもしれない。


 「大丈夫ですか……!」


 女性に近づき声をかけると、応えるようにこちらへ振り返る女性。

 

 「あれ……」

 

 だが、彼女の周辺にはモンスターの姿どころか気配すら感じなかった。

 それに女性自身、傷も負っていないようだった。


 「……どうやら成功したみたいね」


 妖しい声でそう呟いた瞬間、足に違和感を感じ——


 「きゃっ……」

 

 そのまま倒れ込んでしまう。

 視線を足元へ向けると、何かが巻き付いていた。


 「……これって!?」


 足に絡みついていたのは皮製の鞭だった。

 これって……!?


 「あぁ、どうやらうまくいったみたいだな……」


 気づいた時、すぐに馴染みのある声が聞こえてきた。

 

 「ちょっと夏生! 何をしてるのよ!」


 足に絡みついていたのは夏生の武器である皮製の鞭だった。

 声をかけるも彼は私に見向きもせず女の方へと近づいていった。


 「そのようね、ほんと長かったわね」


 そう言って女は夏生に抱きつき、恥ずかしがる様子もなく夏生と口付けをしていった。

 夏生も女の唇に引き寄せられるように重ねていった。


 「……なっ!!!」


 私は身動きがそれないまま、2人の熱い口付けを見せつけられてしまう。

 

「続きは全てが終わってからにしましょ?」

「あぁ、そうだな! マジでご無沙汰だったからなぁ」


 2人は不適な笑みを浮かべながらゴツゴツとした冷たい床に倒れている私を見ていた。


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