第9話 実践編(下)

 場所は変わって、オルクス砦内にて。

 リタースと共に砦の見張り台にいたレクティタは、石造りの柵に顔を出し、双眼鏡でリーベルがいる場所を見ていた。


「ぴかって光ってたけど、リーベルお姉ちゃん、無事かな」


『これくらいのことで動じる肝ではないから、大丈夫だ。それより、フトゥはまだ帰ってこないのかあいつは』


「聞こえているぞ。ちゃんと奴らがこちらへ来ているか確認していたのじゃよ」


 大量の蝙蝠が羽ばたいてきたかと思えば、ぐるりと渦を巻き、赤毛の少年へと姿を変える。フトゥはそのまま柵に腰掛け、城門までの道を指差した。

 山の中とは打って変わって、植物の姿がほとんどない殺風景な坂道を、三人の盗賊は殺気を纏わしながら走っていた。


「ほらあそこじゃ、隊長。今必死こいて逃げている三人組が、いろいろ悪さをした奴らじゃ」


 レクティタは双眼鏡で覗き、「たしかに、リタースお兄ちゃんよりこわい顔してる」と呟いた。耳の良い紫頭の男はとばっちりを食らい、密に傷ついた。

 その様子を丁度見張り台に登ってきたアルカナが、ここぞとばかりに嗤う。


「いひひひひひ、リタース、ざまあ」


『幽霊はさっさとリーベルの手伝いにいけ』


「いひひ、八つ当たりこわー。ひひ、フトゥに運んでもらった方が効率良いから待ってたんだよ……ひひひっ」


「地下牢の結界は張り終わったのか?」


「ひひ、余裕。蟻の子一匹通ることも、抜けることもできないよ。僕以外は。いひひひ」


 リタースが先に感知したのは、副頭領含む盗賊十五人と手引き者のルクルム商会の男であった。すでに彼らは砦の地下牢に捕えており、アルカナがさらに結界を張って閉じ込めたのである。アルカナは二本指を立てて上機嫌に笑った。


「いひ、じゃあ移動よろしく」


「冗談じゃろ。今から飛んだらヴィースの馬鹿火力に巻き込まれるわ。終わったら運んでやるからちょっと待つのじゃ」


 足を組み、フトゥは地上を見下ろした。

 今まさにヴィースとテアトルが城門前で対峙したところであり、双眼鏡越しでも緊迫した雰囲気が、レクティタに伝わってきた。


「ヴィ、ヴィース、大丈夫かな。あのひと、すっごく怖い顔してるよ」


『お化けのアルカナよりもか?』


「うん」


「ひひ……リタース、貴様……」


 先程の意趣返しをして満足したのか、リタースはそれ以上喧嘩を売らず話を進めた。


『相手は盗賊団の頭領だから、実力はあるだろう』


「『赤獅子』のテアトルは銃の名手で有名じゃ。腕はそれなりにあるじゃろうよ」


「いひひ、それは……気の毒に」


「きのどくってなに?」


「不幸な目にあって可哀想、てことじゃ」


「えっ!? ヴィース、あぶないの!?」


 はらはらと心配するレクティタに対し、フトゥは「逆じゃ逆」と首を横に振る。


「気の毒なのは相手の方じゃ。なんせ、ヴィースは『灰の魔法使い』じゃからな」


 一年前の戦争を思い出しながら、フトゥは苦笑した。


「ヴィ―スはな、銃火器をぶっ壊すのが、大得意なのじゃよ」



*****



『ぶっこわすって、どういう風に?』


『そりゃあ、ドーーンッと、爆発するのじゃ。派手にぶっ飛んで面白いぞ~』


(またフトゥは余計なことを言って……)


 どうやらリタースと魔法でやり取りしていると、彼の周囲の会話まで聞こえてしまうらしい。普段なら戦闘の最中は魔法を切ってもらうのだが、今回はレクティタがいある。万が一トラブルが起きた場合を想定し、迅速な対応が取れるように連絡を繋げているのである。

 ヴィースは目の前の盗賊とやり取りしながらも、砦内の老人と幼子の会話に耳を傾けていた。


「すでにフォルムの憲兵にも応援を頼んでいます。投降した方が身のためですよ」


「誰が時代遅れの王国なんかに降参するか。てめえをぶっ殺せば済む話だろ」


『おもしろいんだー。ばくはつ、見れるかな』


『当然じゃ。まさか、副隊長とあろう男が退屈で欠伸をするような地味な戦闘をするわけなかろうよ。期待を込めて応援するといいぞ、隊長』


『ほんとう? じゃあ、レクティタ、ヴィースおうえんする! ヴィース、がんばれー!!』


「……本当に降伏しないですか?」


「なんだ、ビビってるのか? 天下の魔法使い様が? 笑えるな、こりゃあ」


 遠く離れた見張り台から幼い隊長のきらきらした眼差しを浴び、ヴィースはプレッシャーを覚えた。

 お喋り好きな老人にため息を吐きつつ、目の前の盗賊三人に意識を戻す。


「では、どうしても戦うと」


 テアトルは答えなかった。代わりに銃口を構え、いつでもヴィースに向かって発砲できるようにしている。後ろの二人も頭領に倣って、剣や銃を取り出した。

 仄かな赤い光を周囲に纏わせ、ヴィースは好戦的に笑った。


「わざわざ私の手柄になってくれるとは、お優しい方々ですねえ!」


 発砲音が鳴ったと同時に、ヴィースの回りで炎が巻き上がった。灰色の髪が熱風で靡く。飛んできた鉛玉は、炎の壁に難なく飲み込まれた。

 だが盗賊達は攻撃の手を緩めない。一人がすぐに短刀をもって火も恐れずヴィースに襲い掛かる。

 下から突き出される刃を難なく躱し、ヴィースがそのまま男の胸倉を掴めば、


『おい、隊長が見ているから焼くのはナシじゃぞ』


「わかってますよ! 一々うるさいジジイですね!!」


 フトゥに口出され、ヴィースは反論しながら盗賊を地面に投げ、倒れたところをすかさず火柱で囲い、炎の檻で拘束した。隙を付いて撃たれた銃弾も、手から出した炎で受け止める。


「無力化させる手段ぐらい心配しなくても持っています。無傷で拘束するぐらいなんてことありません」


 遠距離からでは敵わないと察したのか、もう一人の男も果敢にヴィースに襲い掛かってくる。囮に二発撃ち、ヴィ―スが防いでいる内に距離を近づけ背後へと回り込む。腰に差してあった短刀で切りかかろうとし、ヴィースに意識が刃の防御に回った瞬間、腕で隠していた短銃を露わにした。

 至近距離かつ不意打ちならば魔法で防ぐ時間もない、と踏んだのだろう。実際、男の勘は正しかった。ヴィースは弾丸を防ぐのは間に合わないと判断し、炎の発火地点を変更した。仄かな赤い光が、男が引き金を引くよりも早く、銃身に灯る。


「な、ぐわぁっ!?」


 男の右手が爆発し、悲鳴が上がる。熱によって銃口が塞がってしまい、短銃が暴発したのだ。男は血だらけの手を抑え蹲っている隙に、ヴィースはまたもや炎の檻で拘束した。


「さて、あとはあなた一人ですが、降伏するなら今のうちです――」


 よ、と言い終わる前に、ヴィースは血相を変え目の前に炎の壁を作った。

 刹那、甲高い耳障りな銃声と共に、無数の鉛玉がヴィース目がけて発砲される。時折、当てずっぽうに撃たれた銃弾が、城門や道に穴を開けた。


「だからよぉ、てめらみてえな田舎者はぶっ殺すって、俺は言っただろ」


 火薬の匂いが辺りに漂う中、テアトルは上機嫌に笑った。彼は三脚で支えられた太い円筒型の鉄塊を操っていた。

 本来なら車輪とセットで使用される、戦場で活躍する武器。

 ガトリング砲である。

 ヴィースは打たれぬよう気を付けながら、テアトルの後ろを見た。開かれたトランクに、舌打ちする。


(手土産であれじゃあ、ルクルム商会が手引きするわけだ。他国では珍しくなくても、王国にとって銃火器はまだ馴染みがない。商人達にとっちゃあ喉から手が出るほど欲しいだろうよ。どうせどこかの型落ちだろうけど)


 と、心の中で愚痴を呟いていると、リタースから連絡が入った。


『ヴィース。助けは必要か?』


「いりませんよ。これくらいのことで」


『なあにさっきから勿体ぶっておるのじゃ。さては、疲れるからって手を抜いているな。さっさと爆発せんか爆発』


「フトゥ……あなたやっぱり、さっきから聞こえているとわかっていて、色々隊長に吹き込んでいたな?」


『ヴィース、お前の声は俺にしか聞こえないから、今フトゥに言っても無意味だ』


『ん? なんの話じゃ? ワシにはさっぱりわからんな。ほれ爆発、爆発』


『ばくはつ、ばくはつ!』


『いひひ……確信犯』


「あ゛あ゛~~~~!! クソジジイがぁ゛~~~~~!!!」


 緊張感の欠片もない後方組に、ヴィースの血管がとうとう切れた。

 テアトルが使用しているガトリング砲が、先の戦争より長く発砲し続けていることにも気づかず、ヴィースは怒りに任せて火力を上げる。


「わかりましたよ!! すればいいんでしょすれば!!」


 ヴィースは炎の壁を作ったまま、勢いよく地面に手を付けた。そして、地面を滑るように火が走り、テアトルの足元で炎の渦ができる。


「このあと報告書作ったり憲兵に引き渡す手続したり、あとルクルム商会しょっぴくための言質も取るってのに!! 無駄に魔力使わせやがって!!」


 炎に包まれたテアトルが困惑の声を上げ、火傷を負いながらその場から逃げ出す。発砲はとっくに止まっていたが、ヴィースの鬱憤はまだ晴れていない。残されたガトリング砲が炎に晒された。


「戦闘に派手さも面白さも必要ねえだろ!! 見世物じゃねえんだから!!」


 口ではそう言いつつも、無邪気にはしゃぐ子供の声を裏切れないのがヴィースという男である。

 ヴィースは前方に手のひらをかざした。炎の壁で使用していた魔力も、全てこちらに回す。


「ああ、もう、どうせ聞こえませんでしょうけど、ちゃんと目に焼き付けてくださいよ。レクティタ隊長」


 炎に包まれたガトリング砲に、さらに赤い光が集う。


「私はヴィース・ストフレッド。この部隊では副隊長という名の書類仕事兼戦闘担当。魔法の炎で何でも燃やし尽くせる――」


 ヴィースは、開いていた手を、強く握った。


「灰の魔法使いです」


 銃器を包み込んでいた炎が天まで渦を描き、閃光が走る。

 瞬間、ガトリング砲が盛大に爆発した。

 耳が壊れるほどの爆発音と、地響き、熱風が周囲を襲う。煙が晴れた爆心地には黒い地面だけが残っている。

 原型を留めぬほどの火力に、遠くに避難していたテアトルが目を丸くする。

 まだ短銃を手に持っている彼に向かって、ヴィースは火の槍を突きつけた。


「それで、戦闘を続けますか?」


 テアトルは銃を地面に捨てた。


「いいや。ソルテラで脱獄する方が、まだ勝算が高いな」


 ヴィースは懐から手錠を取り出し、テアトルの腕に取り付けた。盗賊団の頭領は、残骸も残っていない手土産を惜しむように言った。


「それにしてもアンタ、随分と思い切ったことをしたな」


「パフォーマンスとして必要だったので」


「何の話かわからねえが、あのバルカン砲は手に入れるのに苦労したんだぜ。何て言ったって、あの帝国の、しかも流通前の最新武器だったんだから」


 テアトルの台詞に、ヴィースは石像のように固まった。


「………………帝国の、新型?」


「ああ。せっかく新天地で一旗上げるっていうのに、目玉商品がねえと格好つかねえだろ? ちょいと奮発して、いいもの仕入れたんだけどな……」


 ヴィースの顔がどんどん青ざめていく。

 まさか、自分が木端微塵にした銃器が、敵国帝国の最新武器だった? しかも流通前? 本部に上げれば大手柄間違いなしの? 新型兵器??


「う……」


「あ?」


「うわああああああ燃やすんじゃなかったあああああああああああ!!!!」


 ヴィースは地面に膝をつき、拳を叩いた。ぎょっと驚くテアトルに構わず、どんどんと地面を叩き続ける。


「帝国の武器なら先に言ってくれよ!! そしたら丁寧に優しく戦いました!! うわああああ!! 私の手柄が!! 出世!! 出世までの近道が!! ……いやまて、もしかしてまだ帝国の武器ある!? それなら!!」


「いや帝国のはあれだけで後はソルテラの型落ちだ」


「うわあああああちくしょおおおおおおおおお!!!!」


 みっともなく悔し泣きするヴィースに、テアトルは引き気味である。

 双眼鏡越しでもヴィースの様子に疑問を覚えたのか、レクティタがリタースに尋ねた。


『ヴィース、どうしたの? けがしたのかな? すごい痛がっているけど』


『……どうやら爆発した武器が帝国の最新型だったらしい』


『――じゃ、ワシそろそろリーベル迎えに行ってくるから。あとはよろしくな』


『いひひ……ヴィースが戻ってくる前に退散だ』


 爆発を煽ったフトゥと、とばっちりを受けたくないアルカナが砦から逃亡する。残ったリタースはせめて被害を少なくしようと右耳の魔法を切り、レクティタはヴィースが悔しがっている理由を理解できず首を傾げていた。


「うう……ちくしょう、私のてがらぁ……」


 いつまでも泣き止まないヴィースに、リタースが一応励ましの声をかける。


『「赤獅子」を捕まえただけ良しとしようじゃないか。どうせ兵器を回収できたところでまともに評価されるかもわからないのだから』


「うう……軍本部がダメでも……武器商人どもへの切り札にできたのにぃ……」


『さりげなく軍規を犯すな。バレたら捕まるだろうに――ん? どうした、隊長』


 途中、リタースが魔法を切った。会話から察するに、レクティタが何か話しかけてきたのだろう。また魔法が繋がったと思えば、レクティタがヴィースの名を呼んだ。


『あのね、ヴィース。聞こえるかな? さっきすごかった! ばくはつ! レクティタ、はじめて見た! すっごいびっくりした! ヴィースすごいね!!』


 興奮しきっている子供の声に、ヴィースは「どうも」と相槌を打つ。ぶっきらぼうな言い草は今の彼の不機嫌さを表しているのだが、レクティタには届いていない。彼女は嬉しそうに続けた。


『大きい音、いつもはこわかったけど、今日はおもしろかった! みんなの魔法いっぱい見れて、レクティタ、たのしかった!! ありがとう、ヴィース』


「………」


 ヴィースはのそのそと顔を上げた。見張り台を見れば、気づいたのか、レクティタが大きく手を振ってきた。

 当初の目的である、新しい隊長の不信感を払拭することは、どうやら成功したようだ。屈託なく笑うレクティタを見て、ヴィースは長く息を吐いてから立ち上がった。


「リタース、隊長に伝えてください。これだけ大きな失敗をやらかしても、私は部隊から追い出されてないでしょう? ここの連中にそんな器の小さい人間はいませんから、追い出されることに怯える必要はない、安心してください、と」


 長くなってしまったが、リタースはきちんと伝えてくれたらしい。すぐに『うん!』と元気な返事が返ってきた。


『レクティタ、これからみんなと一緒にいるの、うれしい! 隊長のお仕事、みんなのためにがんばるね!』


「ええ。よろしくお願いします」


 あまりにも無邪気な声に、ヴィースは思わず微笑んでしまった。残りの盗賊を運ぶ手伝いをリタースに頼んで、ヴィースは魔法を切った。


「新型の武器と引き換えに子供の笑顔か……割に合わねえなあ」


 ヴィースは服についた土を払い、肩を回す。言葉とは裏腹に、その顔は清々しかった。


「ま、今回は良しとするか」


「さっきからでかい独り言いってなにしてんだお前」


「黙りなさい。こっちにはこっちの事情があるんですよ。さあ、燃やされたくなければ立って移動して。あなた達のせいでこれからやることは山積みなんですから」


 ヴィースがテアトル達を連行し、城門を潜る。魔力をかなり消費した今、疲労は相当なものであったが、ヴィースの足取りはどこか軽やかであった。



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