第7話 それぞれの魔法使い(下)

「いひひひ……もうやったよ」


「さすが~」


 レクティタが落ちてくる岩に身構えるも、いつまで経っても痛みは襲ってこない。「隊長さん大丈夫ですよー」と、これまた呑気なリーベルの声に恐る恐る目を開ければ、砂埃が舞う中、頭上には幾重の魔法陣が広がっていた。


「あ、これ……まほうじん、だ」


 周囲にゴーレムが崩れた岩が散乱する中、母が一度だけ披露した、見覚えのある模様にレクティタは釘付けになった。どうやらそれらが落石を食い止めてくれたらしい。けっかい、てやつだ、と呟けば、「隊長さん、よく知っていましたね」とリーベルが驚く。


「隊長さんの言う通り、これは結界の魔法です。発動者はあそこの長髪お化け、円の魔法使いことアルカナになります」


「っ!? お、お化けの人!?」


「いひひ、お、お化けじゃないよ……ちゃんと生きてる人間だよ……ひひっ」


 リーベルが指差した先には、顔すら長髪で覆われている白衣の男がいた。

 またもや怖がられたことがショックなのか、ただでさえ猫背なのをさらに丸め、アルカナが落ち込んだ様子を見せる。リーベルはそんな彼を揶揄おうとしたが、怒り心頭のヴィースの気配を察し、その場からすぐさま逃げた。

 残された二人の間に微妙な空気が走った。警戒するレクティタに対し、アルカナがぎこちなく笑いかける。


「ひひ……僕の名前はアルカナ・トリア・キルクルス。一応、まだ伯爵家の三男坊。役割は、この砦の防衛全般、だよ。好きな物は魔法陣と円形、嫌いな物は詠唱。王国魔法で、む、無詠唱の研究をしていて、魔法陣だけで結界を作れるから、円の魔法使いって呼ばれているんだ。よ、よろしく……ひひひひひっ」


 「いい加減にしてくださいリーベル! 訓練所が岩だらけですが!?」「ごめんなさーい。許してヴィースさーん」と追いかけっこをしている二人を背景に、アルカナはレクティタに手を差し出した。

 引き攣った不気味な笑い方に、レクティタはますます怖がるが、何とか我慢してアルカナの手を握り返す。


「う、うん。さっきは、助けてくれて、ありがとう……」


 幼き隊長が歩み寄ってくれたことに、アルカナはパァっと顔を明るくする。嬉しさからかアルカナの口角がぐんと上がり、笑い声が甲高くなった。


「いひひ、ひひひ、ひひっ。ど、どういたしまして。ひひひひ、いっひひひひひ」


「ひえぇぇぇっ!!」


 レクティタは堪えきれず、アルカナから逃げた。悲鳴を聞いたフトゥが二人に駆けつけると、レクティタはすぐさま彼の足の後ろに隠れる。

 「おじーちゃーん!!」と涙目で縋りついてくる子供を見て、フトゥは苦笑いした。


「この様子だと、また怖がらせたみたいじゃな。だからその鬱陶しい髪は縛っておけと言ったじゃろう」


「いひひ……髪を引っ張られるあの感覚が嫌なんだもん……でも、考えとく。ひひ、また仲良くできなかった……」


 ずーん、と音が聞こえてきそうなほど落ち込んでいる青年を哀れに思ったのか、フトゥはしゃがみ、怯えるレクティタに語りかけた。


「隊長。アルカナは見た目こそ不気味かもしれんが、あまり怖がらないでおくれ。ワシと同じくらい気の良い奴じゃからな」


「うー……、うん」


「さすが隊長じゃ心が広い。ついでに、こんな状況を作ったリーベルのことも大目にみてくれないか? あやつも少々張り切ってしまっただけなのじゃ」


「おおめに見てくれってなに?」


「調子に乗って魔法を失敗したリーベルを許してほしいってことじゃ」


「うん、いいよ。リーベルお姉ちゃん、おもしろいし」


「いひひ……リーベルちゃんとの扱いの差が激しい……」


 元凶のリーベルへの贔屓を感じ取り、アルカナはますます陰気になる。流石にそこまでフォローするつもりはないのか、フトゥは「繊細な奴じゃな」と面倒くさそうに言って、紫頭の男、リタースがいる方向を指差した。


「こんな奴は放っておいて、最後の一人の紹介と行こうか。レクティタ隊長」


「リタースお兄ちゃん、なにしてるんだろう?」


 唯一軍人らしく体格の良い男は、散乱した岩の一つに耳をくっつけたかと思えば、すぐに離れ、また別の岩に耳を傾けていた。

 レクティタが興味本位で近寄れば、気づいたリタースが振り返る。


『隊長。怪我はないか?』


「うん。ピンピンしています。リタースお兄ちゃんは、なにしているの?」


『音源を探していたんだ』


「おんげん?」


『すすり泣くような、か細い音が聞こえてくるんだ』


 リタースはそう言って岩を指差し、また耳をくっつけた。どうやらこの部隊はコミュニケーションに難がある隊員が多いようだ。言葉足らずなリタースに変わって、フトゥが説明する。


「この散切り紫頭の男は、リタース・フーマニー。『音の魔法使い』と呼ばれているだけあって、耳が良い。砦の周りに設置している罠にも反応するぐらいだ。遠く離れた場所の音が聞き取れるのはもちろん、凡人には聞こえない音まで拾えるらしい」


「聞こえない音?」


「今まさに探している最中だ。なあ、リタース」


 フトゥの呼びかけに、リタースは返事をしなかった。代わりに顔を上げ、岩と岩の間を急に腕を突っ込んだかと思えば、『いた』と呟いて腕を引き上げた。


『思った通り、まだ動いているな』


 リタースが落石の間から見つけたのは、小さなゴーレムであった。

 先ほど崩壊したのをそのまま手のひら程度まで縮めた大きさだ。おろおろと狼狽えているゴーレムに、レクティタが驚いた。


「ちっちゃい! さっきのより」


『たまにゴーレムの残骸から、こいつみたいなのが見つかったりするんだ。魔力の残滓から自然発生するとのことだが、詳しい原理は知らん。俺の専門外だからな』


 リタースが救出したゴーレムを握ったまま、リーベルを呼んだ。リーベルは岩を片付けるためのゴーレムを大量に生産している最中だったが、監視役のヴィ―スが手紙を配達してきた梟に気を取られている隙に、これ幸いにと持ち場を離れた。


「はいはーい。呼ばれて参上、リーベルちゃんです。どうかしました?」


『崩れたゴーレムから小さい奴が出てきた。こいつはどうすればいいんだ』


「別に害などありませんから好きにしていいですよ~。今日の晩御飯にでもするんですか?」


「えっ!? たべちゃうの!?」


『…………細かく砕いて……粉にすれば、小麦に混ぜて使えるか……?』


 真剣に調理法を考えるリタースに恐怖を感じたのか、小さなゴーレムはもがいて彼の手から脱出し、近くにいたレクティタの肩へと飛び乗った。


「わっ! 急に元気になった!」


「身の危険を感じたんですね~。生命の神秘です」


『冗談だったのだが……隊長に懐いたのなら、それでいいか』


「炊事兵が言うと洒落にならんよ。まあ、隊長。せっかくだから今日はそ奴と一緒にいてくれないか? そ奴もワシらより隊長の方が良いだろうし」


「うん! よろしく、えっと……なまえ……」


「ゴーレム一号だからゴーイチとかはどうじゃ?」


「そうだね! じゃあゴーイチ! よろしく!」


 フトゥのネーミングセンスにリタースが目尻を引きつらせるも、レクティタはお気に召したらしい。ゴーレム本人もといゴーイチも納得しているため、リタースはそれ以上何も言わなかった。リーベルは早速順応していた。


「ゴーイチですね! じゃあ後から作った彼らは順番にゴーニ、ゴーサン、ゴーシと名付けましょうか」


「きょうだいいっぱいだ! よかったね、ゴーイチ」


「レクティタ隊長が楽しそうでなによりです。それはそうと、リーベル。大事なお鍋から離れて何しているんです?」


 きゃっきゃっと乙女二人で盛り上がっているなか聞こえてきたヴィースの声に、リーベルがピシリと固まる。振り返れば、ヴィースはアルカナを連れて後ろに立っていた。


「実は、ヴィースさんには黙っていたんですけど……私、五分に一度は息抜きしないと死んじゃう持病を患っていて」


「前聞いたときは十分に一度面白いことがないと泣いちゃう病だったんですけど、あなた一体いくつ持病あるんですか?」


「病弱なんです」


「横着の間違いだろ」


 ヴィースは額に青筋を浮かべるも、長めに息を吐いて何とか怒りをやり過ごし、持っていた手紙をリーベルに渡した。何だなんだと、フトゥとリタース、それにレクティタが手紙を覗く。


「シルヴィウス伯からの連絡です。隣国ソルテラで活動している盗賊団『赤獅子』の頭領とその幹部が逃亡中、及びグレード王国との国境付近で目撃情報あり。それなりの規模の組織のため、王国内にも手引き者がいると推測されていますが……フトゥ、何か知っていることはありますか?」


「有名どころじゃからな。ルクルム商会が密かに人身売買の取引をしている話を聞いたことがある」


「三か月前、近くの商業都市フォルムに出店してきたあそこですか」


辺境伯領ここって、魔物がうじゃうじゃいたおかげで、盗賊や山賊が少なかったんですよね。貿易が盛んで競合もいないから、今が狙い目だと考えたんじゃないですか?」


「ひひひ、危惧してたことが起きちゃったね。遅かれ早かれこうなっていたと思うけど……いひひっ、どうする? わざわざ危険を犯してまで砦の近くを通るとは思えないけど、ひひっ」


『――どうやら、あちらはそう思っていないらしい』


 耳を澄ましたリタースが、険しい顔をする。『罠が反応した。それらしき会話と名前も確認した』とリタースが伝えれば、ヴィースは失笑した。


「こんな真昼間から堂々と不法入国なんて。舐められていますね」


「いつものことじゃ」


「ですです」


「ひひっ、手間が省けた」


『昼飯は終わった後だな』


 レクティタは大人達の会話についていけず、困惑していた。好戦的な隊員達の雰囲気に、ごくりと唾をのむ。


「わぁ。気合い、いっぱいだ。みんな」


 思わずゴーイチを胸の前で抱きかかえると、ヴィースが反応した。


「そういえば、レクティタ隊長。隊員達から説明は一通り受けましたか?」


「う、うん。みんなの魔法、教えてもらったよ」


「そうですか。とはいえ、彼らが隊長に紹介したのは基本的な使い方。ここからは、それらを活かした――」


 ヴィースはにこやかに言った。


「実践編になります」


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