1章 配管工のおしごと3
そこは鉄管と蒸気が舞う街だった。
六百年よりも昔、まだここに人が住むことを決める前から街では採掘が行われていた。銀銅、鉄にレアメタル、氷河期が始まる前から鉱山としての利用価値があった。氷河期が来るとわかってからは地下に眠る火山を目当てに大規模な工事が行われ、生活するスペースが確保されていった。この街は人々が様々な道具を用いて開拓をしてきた歴史があった。
山をくりぬいてできた、ラグビーボールのような巨大な空洞は、高さが二百メートルにも及ぶ。それより下にも街があり、それより上にも街がある。中層二階がクローネの住む街だった。
街には
地下に太陽の光は届かない。そのため灯りはいたるところに設置されているガス灯を頼りにしていた。不規則に揺らめく灯りが人々の生活を照らす。七の鐘が鳴れば一部を残して全て消灯されてしまうため、街は死んだように静まり返ってしまう。
楕円の街には壁を掘って住宅が幾重にも重なっていた。その数三十階以上。家の前の通路はすべて傾斜になっており、
クローネの目的地は一番下、一階部分だった。家を出て坂を下る。五十メートルほど歩けばちょうどやってきた下りのエレベーターに乗ることが出来た。
ゲートは手動で、錆び付いた結合部が金切声を上げて開く。降りてくる人と入れ違いになるようにクローネはエレベーターに乗り込む。
簡単な柵で囲われた、風通しのいいエレベーターには数えるほどしか人は乗っていなかった。一番混む時間は二の鐘が鳴る頃だ。今はまだ一の鐘から一時間程度しか経っていない。あと二時間の間に利用者はどんどんと増えることが予想されていた。
一階層ずつ止まるエレベーターでは人がその度まばらに出入りする。たっぷりの時間をかけて降りていくエレベーターは、一番下に着くまでにゆうに十分の時間を要していた。
エレベーターを降りたクローネは視線を下から上へと向ける。太い主線から伸びる支線は銀の枝のようで、立ち並ぶドアに見つめられている様子はさながらコンサートホールの指揮者だった。
いつ見ても雰囲気に圧倒される。先人の血と汗と命の結晶に深い畏敬の念をクローネは心中に抱いていた。
最下層にはまだ他に人の姿はほとんどなかった。いても非常用に待機しているだけの夜勤組だけで、交代の時間が近づいていることに浮足立つ様子が見て取れる。
それもまたいつもの光景だと、クローネは歩みを進める。誰よりも早く現場に入る彼女は、地面に建てられた飯場と呼ばれる休憩所へと向かっていた。
この街で唯一といっていい平屋づくりの建物は、いつでも解体できるように薄い軽合金のフレームと戸板をボルトで締めただけの簡単な作りになっていた。その扉をノックしたクローネは返事がないことを確認して中へ入る。
部屋に入った瞬間、むっとした臭いに表情を歪める。まるで炊き込んだような濃厚な酸味のきつい汗の臭いは人が寄り付かなくなる理由の一つでもあった。
少しでも軽減させようと、扉を少し開けたままクローネはパイプ椅子に腰掛ける。まだ始業の時間まではだいぶある。昨日取り切れなかった疲労を少しでも解消しようと、瞼を閉じて意識を闇の中へと沈ませていた。
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