第一章 レストラン創業! 11-大切なこと
二日ほどスヴァンは誰とも極力顔を合わせず、自室のドアの前に置かれた食事を少し食べては寝る生活をした。
そしてとある日の夜中にふらふらと外に出て、夜の街を徘徊し始める。
歩いていくうちにスヴァンの後ろを歩く猫が一匹また一匹と増え、知らぬうちに猫の行列になっていた。
いつの間にか貧民街の広場についていたらしく、スヴァンは広場のベンチに腰を下ろす。その時にようやく自分の後ろの行列に気づいて、苦笑した。
「なんだお前ら、俺を慰めにでも来たのか?」
そう言って猫たちと触れ合っていると、ふと向かいの路地に子どもが寝そべっているのが見える。
こういった光景は別にこの区域ではめずらしいことではない。しかしスヴァンの位置からでも聞こえるほど、その子どもは大きな腹の音を鳴らした。
スヴァンは急に懐かしいと感じる。自分もこういった貧民街の路地で腹を減らしながら寝ていたことなどいくらでもあった。
その時からスヴァンは自分の意思ではなく勝手に鳴る腹の音を、体から自分へ訴えられる「生きたい」という渇望だと認識している。
そこに寝ているのか倒れているのかわからない子どももきっと同じで、「生きたい」と必死に願ってるのだろう。
「おい」
スヴァンがその子どもの目の前に立って声をかける。するとピクッとその体が反応した。
「俺の言葉が聞こえるなら指の先でも動かしてみろ」
すると、弱々しい動きでその指が動く。
「俺の前で盗みや殺しはしないと誓え。それができるなら……美味いもんは食わせてやれねーけど何か食わせることはできる。ついてくるか?」
腹の空いた身寄りのない孤児と見受けられるが、そんな子どもに盗みをするなと言ったところで守られないことがほとんどなのはスヴァンもわかっていた。彼らは盗みをしないと生きられないのがほとんどだから。でも、少しの良心に賭けてみたくてそう言ってみた。……スヴァンが昔とある人に言われたことと同じことを。
すると最後の力を振り絞るかのように子どもが起き上がり、「……誓います。何か食べ物を、ください」とスヴァンの目をまっすぐに見て、頭を下げた。
「物を頼む頭はあるみたいだな。つかまれ」
そう言ってスヴァンは子どもの前で腰を下ろし、背負おうとする。するとその子どもはまだ理性があるらしく。
「そう言うわけには……汚いので」
「汚ねーのはわかってるっつーの。早くしろ」
そう言い聞かしてからでないとスヴァンに体を預けはしなかった。
気づけば、周囲の猫はいなくなっている。
子どもを背負って歩く度に懐かしい独特の嫌な臭いが鼻をかすめるが、構わず歩くスヴァン。自分だってこんな臭いをしていたんだ、今さらまともな暮らしになったからってこの臭いを嫌ってはいけないと思っている。
「お前、名前はあるのか」
「えっと、あります。アレンです」
「アレンか。礼儀正しいのは良いことだ、身を助けるから」
「はい……」
*
アレンという少年を
本当は料理には目もくれたくないのだが、心を無にして簡単なスープとミートソースパスタを作った。
その間アレンは言いつけを守って悪いことはせず、スヴァンが料理する様子を魔法でも見るような目で眺めていたのだった。
「できたぞ」
誰もいないホールに移動してアレンに振る舞うスヴァン。
「腹壊さねーようにスープから食えよ」
そう言うが、アレンはどちらがスープかわからないようだった。
「こっち」
指をさしてやると、「あ、はい」と言ってゆっくりスープを飲む。すると。
「……おいしい」
アレンはびっくりした様子でスープを見つめながら泣いた。その涙に、スヴァンも驚く。
「なんで泣いてんだよ」
「こんなにおいしいもの、初めて食べました。本当に、おいしいです」
そう言ってちょっと食い気味にスープを飲むアレン。次にパスタも食べ始める。その様子をスヴァンが見てると、テーブルに置いていた腕に雫が落ちた気配。
「……あ?」
見ると、それは明らかにスヴァンの涙。知らぬうちに、スヴァンも泣いていた。
*
アレンが食べ終わり、スヴァンも泣き止んで。
不思議そうにメニュー表を見ているアレンに「お前、文字は読めんのか?」とスヴァンが聞くと、首を横に振った。
それでスヴァンはアレンになんとなくメニューの読み方を教えてたところ、突然ホール全体に電気がつく。
「あ」
ダルクだった。
「やべぇ」
スヴァンがそうつぶやくと、悪い事態になったのだと思ったアレンがすぐに椅子から降りてダルクに土下座する。
「ごめんなさい!」
「!?」
突然の事態についていけないダルクは「待て待て待て!」とアレンの頭を上げさせた。
「どこの子だ、スヴァン?」
「……知らねー。勝手に上げて悪かった」
ばつが悪そうに口ごもるスヴァンを見たアレンは、すぐに自己紹介する。
「アレンと言います。ぼくに両親はもう居ません。お腹を空かせていたらこの人に料理を食べさせてもらえたんです。すぐに出ていきますから……」
そう言うとダルクはなるほどと納得し、少し考えてから。
「スヴァンがちゃんと責任を取るなら、シャワーくらいなら使わせてやっていいぞ」
と、提案したのだった。
「せ、『責任を取る』とは、どういう意味ですか……?」
「ん? あぁ、君が悪いことをしたらスヴァンが怒られるという意味だ」
怯えるアレンをなるべく怖がらせないようにダルクが説明するや否や、「おら、シャワーしに行くぞ、ついてこい」とスヴァンはアレンを住居スペースへ連れて行く。
「お前の服はさすがに今はどうにもできないけど、体と頭洗うだけな」
「いいんですか?」
「いいって」
*
一時間後、お腹を満たして綺麗になったアレンは路地に帰ろうとすると、ダルクがこんなことを言い出した。
「今店はお休みしてるんだが、営業を始めたら君はうちで働くか?」
「え……」
「んなっ……いいのかよ」
「渡せる給料は少ないし、君はもう貧民街に戻ることができないと思う。けど、寝る場所も服もまかない……あ、食べるものも、保証する。まぁ店が始められるかはこいつにかかってるんだが……」
ダルクはそう言って、スヴァンの肩をぽんと叩く。アレンは目を輝かせて二人に頭を下げた。
「ありがとうございます! もしそうなったら、雇ってください!」
「それまでちゃんと生きてろよー」
スヴァンがアレンの茶色でくりくりと跳ねた頭を撫でると、「はい!」と言って路地を駆けていく。
アレンの夢のような時間はそっと終わりを告げた。
小さくなるアレンの後ろ姿を眺めながらダルクとスヴァンは話す。
「似てるか?」
「誰に」
「小さい頃のお前に」
「てめーの目は節穴かよ、俺があんな行儀良いわけねーだろ」
「ま、それもそうか」
久々に笑ったスヴァンの顔を見て、ダルクは内心ホッとした。
そしてスヴァンは、もっと頑張らなければ。そうすればあの子にもっと美味しいものを食べさせられる。そう決心したのだった。
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