6月19日の君へ

天井 萌花

プロローグ 6月19日の君へ

 6月13日から19日までの数日間、私は毎年決まって東京を訪れる。

 13日は多摩川に花を添える日。

 14日から18日までは東京観光をする日で、動物園などに行く。

 そして19日は桜桃忌。玉川上水の玉鹿石に花を添える。


 玉鹿石の周りには花束はもちろん、本やさくらんぼなど様々なものが供えられている。

 付近は大勢の人で賑わっており、今日という日の特別さを物語っている。


 ――――太宰治。


 没後何十年と経っているのにこれほどのファンを抱え続けているのだから、やはり彼は相当すごい人なのだろう。

 今この場にいる全員が彼に想いを馳せ、若き才能を弔っている。

 その中で私だけ別の人物を想うのは少々失礼な気がするが、毎年訪れてしまっている。


 人混みから離れて数分歩き、途中にあった花屋で花を買い、至って普通の墓地にやってきた。

 大好きな人の墓石に花と、2冊の本を供える。

 1冊は君が生前気に入っていた本、もう一冊はつい最近刷られたばかりの真新しい本。

 隣の段差に腰掛けて、供えたもの同じ詩集を開く。


 その中の一遍を声に出して、ゆっくりと読んだ。

 君に聞こえますようにと願って。

 誰にでも分かる詩の中に、私と君だけの思い出を込めて。



 ――――拝啓 6月19日の君へ


 君は私との日常を、どれだけ覚えていますか。


 私が1つとして取り溢さずにしまっている宝物を君も握っていますか。


 後悔することはあります。悲しくなることもあります。


 それでも私は元気です。



『愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりません。』



 君があの時『春日狂想』を見せてきたのは、私にそうして欲しかったからですか?


 その言葉に、私は従うべきだった?


 今でも君の真意はわからないまま、それでも強く生きています。


 だって私が、君の分まで世界を見ないといけないから。


 だって中原中也は、最期まで生きていたから。


 この詩の中に、死は描かれていないから。



 難解で風のような君をわかったつもりになって、勝手に内容を解釈して、私は生きています。


 君が私にしてほしかったことも、君の行動の理由も、ちゃんとわかったつもりでいます。


 だけど1つだけわからないことがあります。


 教えて。君はどうして――――

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