第15話

 殺されかけていた。それは夢の力によってではなく、膨大な仕事の力によって。サイバーメディカルの日々は文字通り忙殺の日々だった。


 ユメはサイバーメディカルの一室で端末の画面をにらみ続けていた。社長室がある最上階のふたつ下のエリア。そこがユメに割り当てられていた。居住スペースも兼ねているためワンフロアが貸し切りとなっている。


 手前の部屋を仕事部屋、奥の部屋を居室にしている。それでも各部屋は持て余すほどの広さだった。


 階下ではマニュアルどおりに働いている大勢の人間がいる。ユメも以前はそこで働いていた。


 かつての仕事場の名残か、いくつも端末が並んでいてそのうちのひとつを利用している。


 しかし当時とはまったく異なる仕事を今は要求されている。


 クロミヤとの戦いに自ら白旗をあげてサイバーメディカルに戻った。そこでクロミヤから告げられたのは、サイバーメディカルの職員として働くということであった。


 考え続ける日々に疲れ切っていた。だから何も考えないマニュアルどおりの日々なら、それでもいいと思った。


 しかし、そんな投げやりな期待は無残にも打ち砕かれることになる。



 画面には、ある地域のキャピタルから送られてきた報告が展開されている。そこには新しい感染症が広がっている状況がまとめられていた。


 感染した人の数はまだ数百人。しかし重症者に分類されているものが多い。個々人のキャピタルによって収集されたバイタルや経過が載っている。


 基本的な治療はキャピタルが行ってくれる。曲がりなりにも「個人の家を総合病院に」をモットーにしている機械だからだ。


 しかし専門的な治療が必要になったときは病院に行く必要がある。病院でもマニュアルどおり専門治療する医師が存在する。しかし新しい疾患が見つかったときは新たにマニュアルを作る必要がある。ユメはキャピタルによって起きる新たな問題を解決し、人類を存続させる仕事を担っていた。


 どうすればいいか考え始めたところで、端末に通知が表示される。通知を確認すると別の報告書が届いていた。中身は別の地域で起きた自然災害による被害状況だった。


 こちらも新たに避難計画や対策のマニュアルを作らないといけない。


 与えられる仕事にマニュアルはない。その代わり、どんな風に対応しても大丈夫だ。マニュアルどおり動く人間を利用してもいいし、端末でプログラムを組んでもいい。それに夢の力を使うことも制限されていない。


 今は夢の力をつかうことで「疲れない自分」を想像し不眠不休で働いていた。


「いや~。ようやく自分にも仕事をわけ合える仲間ができてうれしい限りです」


 エレベーターが到着する音が聞こえたと思ったらノックもなしにナカハラが入ってくる。


 そのままユメの隣に座り端末を起動する。


 ナカハラの言葉を無視して端末に向き合う。この三カ月で会得したスキルだ。いちいち反応していたら業務が終わらない。それに反応したとしても不快な言動を聞かされるだけだ。


 ナカハラとペアが組まされたのは、ある意味自分自身が原因だった。


 ユメはサイバーメディカルに戻った直後はなにも手に付かなかった。


 自分なりの反抗の表れだったかもしれないし、ただ無気力だっただけかもしれない。あのときの自分は、もはや忘却のかなたにある。


 しかしクロミヤは当初のもくろみである、ユメを後継者にすることをあきらめていなかった。


 ふぬけたユメを見て、あろうことかナカハラとペアを組ませた。


 ナカハラは嬉しそうにユメの近くで仕事をすることが多くなった。それが原因でユメは仕事に目を向けるようになった。


 ナカハラの仕事の態度には問題があった。反応しようが、無視しようが逐一自分の感情や考え、やっていることを口に出す癖がある。


 夢の力がある人に対する愚痴を言いつづける。夢の力に目覚めそうな人をキャピタルにいれるときの優越感をとうとうと語ることもある。なにもわからずキャピタルに入れられる人をいたぶる話を延々と聞かされる。


 そんな神経を逆なでする言動やふるまいに四六時中付きあわされる。なにもしないでいると嫌悪感で頭がおかしくなる。そのため仕事に忙殺されることで、なにも考えないですむ方法をとった。


「昨日は、また夢の力を持つ人をとらえたんですよ。これがまた傑作で! マニュアル外のことが発生しているのに、必死にマニュアルどおりに行動するんですよ。挙句の果てには無理やり今の状況は想定内って納得してしまって」


 ナカハラはお腹をかかえて笑いながら話している。無視しようと必死に目の前の報告書に意識を向けるが、嫌でも言葉が耳に入ってくる。


「そんなわけないのに! だからきちんと今が想定外の状況ですよって懇切丁寧に説明してあげたら、どうなったと思います?」


 ナカハラはいつも無視するユメに向かって質問をなげかける。何度無視しても変わる様子はなかった。


「叫び声をあげて勝手に意識を失ってしまったんですよ。脳の処理能力の限界を超えてしまったんですかね。あのときの叫び声はなんど思い出しても笑えます。録音してユメさんにも聞かせてあげればよかった」


 ナカハラはいまだに夢の力に目覚める人をとらえてはキャピタルに入れるという仕事を中心に行っているようだ。


「いつもどおりホシダたちは邪魔しに来るんですけどね。今回は私の作戦勝ちでしたよ」


 話の端々にホシダたちのことが出てくる。気にならないといえば嘘になる。しかしナカハラから情報を得ようという気にはならない。間違いなく調子に乗るし、教えてくれる情報が正しいとは限らない。


 それに自分はDLFのメンバーを裏切ったも同然だ。今さら彼らの情報を聞いても何もすることはできないし、する資格もない。


 ナカハラの話を信じるならDLFに変わった様子はない。自分を助けようとして、サイバーメディカルが襲撃されたこともない。


 クロミヤが気づかないうちに返り討ちにしたのだろうか。それとも彼らはユメを裏切り者と判断して切り捨てたのかもしれない。


 いずれにせよ自分がおかれている状況は、クロミヤの後継者になるべくサイバーメディカルの仕事をひたすらこなすだけだ。しかもナカハラとともに。


 ナカハラの独り言を聞きながらユメは感染症に対する新しいマニュアルを作成する。マニュアルを端末に差し込まれた記録媒体へと出力する。記録媒体を取り外して、そのまま部屋を出ていく。

 

「仕事に熱心なのはいいですけどコミュニケーションも大事ですよ」


 背中から聞こえる声は無視して、そのままエレベーターに乗る。最上階のボタンを押して社長室へと向かう。


 社長室の扉をノックするが返事はない。いつものことなので、そのまま扉を開ける。


 クロミヤは机の上にある端末を操作していた。


 装飾は何ひとつない無機質な部屋に机とイスだけがおいてある。奥の壁は一面窓で開放感はあるが、社長室というにはあまりにも質素だ。


「さきほどの感染症に対するマニュアルを持ってきました」


 ユメはクロミヤの隣に立ち、机の上に記録媒体をおく。


「直接、端末に送ってちょうだい」


「彼が私の仕事場に来たので……」


 ナカハラといっしょにいるのが苦痛のため、わざわざ抜け出してきた。


「彼の性格の悪さはわかっている。でも技術を盗んでもらわないと困る」


 ため息をつきながらクロミヤはこちらをじろりと見る。


「あなた今日も夢の力を使っているわね。それだけでは後継者になれない。夢の力なしでこなせるようになりなさい」


 そう言いながらもクロミヤの目線は遠くなっていく。夢の力を使っているじゃないかとは口が裂けてもいえない。


 たしかにナカハラの能力は驚嘆に値する。おそらく同じくらいの仕事量が降っているはず。それなのに彼は夢の力を使わずにこなしている。


 クロミヤは、それを学べといっている。しかし学ぼうとするならば、必然的にナカハラともっと関わらなければならない。そして目の前で夢の力を使いながら仕事をしているクロミヤの姿を見ていると、素直にやろうとは思えない。


「用が済んだなら、とっとと出ていって」


 声は鋭く、そして冷たい。サイバーメディカルの社長として接するクロミヤはいつもつまらなそうな不機嫌な印象を受ける。


 ユメとナカハラのこなす仕事をまとめあげる。その仕事量は想像がつかない。だからこそ後継者になってもらうために、ナカハラの技術を覚える必要があるのだろう。



 気乗りはしないが、命令のようなものだ。あきらめてユメは社長室を後にした。

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