すれ違い? 勘違い?

 何とも言えない沈黙が二人の間に横たわる。

 どう声をかけていいものか分からないが、気になるのもまた事実であって。

 とりあえず、アナベルとはどなたですか、と口にしかけた時だった。


「……アナベルは、俺達の従姉だ」

「え……?」


 聞く前に答えのほうがやってきた。

 不貞腐れたような様子で、エセルバートがぶっきらぼうにシャノンの知りたかった事を教えてくれる。

 きょとんとした表情のシャノンを見ながら、ひとつ息をついて気を取り直して、と言った様子でエセルバートは続ける。


「元は、父上の腹違いの妹が嫁いだ侯爵家の娘だ。今は隣国の公爵家に嫁いでいる」


 ああ、もしかして……あの日の主催の侯爵家の姫君であられたのか。

 そういえば、ご息女が久々の帰国をされたと侯爵閣下が大層ご機嫌だった。

 そのご息女が、隣国の公爵夫人である、あの日の花の如き美女だったのか。


「もしかして、エセル様の事を大概頑固、と称しておられたあの方……」

「ああ、そうだ……」


 道理で兄弟姉妹のような気安さがあったわけだ、と心の中で納得する。

 あの夜の事を思い出しながらシャノンが思わず口にした言葉に、エセルバートは相槌を打つ。

 ……が、直後に眉を寄せながら、固い声で問いかけてくる。


「……何で、それを知っている」

「あ……」


 シャノンは思わず口元を押さえた。

 あれは、庭園での秘められた会話だった。

 それを知っているということは、つまりは立ち聞きしていましたと暴露したようなものだ。

 お前、と呻くように呟くエセルバートと目が合わせられない。

 ちょっとばかり怖い。いや、大分怖い。

 怖くて顔が引き攣り、思わず一歩ずつ後退りかけてしまった。

 そんなシャノンの肩を両手で掴みながら、エセルバートは叫ぶ。


「聞いていたのか!?」

「え、ええと。あの、その……」


 詰め寄られて涙目になりかけながら、シャノンは如何答えたものかと思案する。

 だが、頬を紅潮させて問うエセルバートの剣幕からして、誤魔化したら多分逆効果になる。

 それを本能的に感じ取って、シャノンは観念したように小さく呟く。


「少しだけ……」


 シャノンが少し蒼褪めながら紡いだ言葉を聞いたエセルバートは、驚きとも怒りとも呆れとも、何とも言い難い表情を浮かべて黙ってしまう。

 耳まで赤くなっているような気がするのは、気のせいだろうか。

 やはり想いを告げる場面を……それも初恋相手へ告げる、大事な場面を盗み聞きされたとあっては、怒りも当然である。


 エセルバートの声に気付いた数名が、どうしたことかと二人へ視線を向けてくる。

 その視線を受けて、驚くような早変わりで何ともないと笑顔を振りまいて。

 エセルバートは、場所を変えるぞと顎で示したかと思うと、シャノンを有無を言わせぬエスコートで会場から連れ出した。



「どこから、何処まで聞いていた」

「……エセル様が、初恋を貫こうとされていること、だけは聞いた気がします……」


 庭園の外れにある、東屋まで連れて来られて。

 シャノンにベンチに腰を下すように促し、シャノンがそれに従った後。

 エセルバートは腕組みをして、どこか焦れたような、余裕のない様子で問いを口にする。

 シャノンが恐る恐る答えると、エセルバートは一度天を仰いだと思えば、シャノンを見据えて低い声で重ねて問う。


「それで、どう思った?」

「え?」


 一瞬きょとんとした表情を浮かべてしまうシャノン。

 どうと言われても、である。

 初恋の告白を盗み聞きした感想を問われても、非常に困る。

 シャノンがどう応えるべきか思案していると、苛立ったような、照れくさくてしかたないような、複雑な様子でエセルバートは更に問いかけてきた。


「その話を聞いて、お前は何も思わなかったのか?」

「……一つの想いを貫けるのは、立派だな、と」


 何を、というかどのような答えを求められているのか見当もつかない。

 戸惑いで声が震えそうになるのを必死で堪えて、シャノンは素直な感想をとりあえず口にしてみた。

 しかし。


「それだけか!?」

「あの、他にと言われましても!?」


 返ってきたのは、怒りの叫びだった。

 正直に答えたのに怒られるなど流石に理不尽だと思って、シャノンは思わず言い返してしまう。


「エセル様が、アナベル様をずっと想っていらっしゃることは分かりましたけど!」

「……どうしてそうなる!?」


 叫びに返る叫び。

 もう何が何やらわからなくて、シャノンは混乱してしまう。

 そんなシャノンに尚も何かいいかけたエセルバートだったが、ふと何かに気づいたような表情をしたかと思えば、動きを止めた。

 そして、低く呟くようにして問う。


「……お前、本当に途中しか聞いてないのか?」


 多分、と小さく答えるシャノン。

 ああ、そういう事か……とエセルバートは顔を片手で覆って、沈痛なまでの溜息を吐いた。

 何か納得した様子だが、シャノンには何の事かわからない。

 シャノンの様子を見つめながら、一瞬の逡巡の後、何かに思いを巡らすような表情をしながらエセルバートは語りだした。


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