(上)
第1話
狂気か、はたまた悪夢であろうか、
もともと、常人の考える秀でた才能というべきものは、彼になかったのだが、かわりに、一般的なそれとは、いっぷう変わった、いくぶん危険な香りのする道楽にふけっている時期があった。あれはいつからであろう。その記憶が鮮明かはともかくも、自分たち人間を除いては、ありとあらゆる身近な生き物について、
小学校低学年の時分だと思う。これまでに、何百、何千というそれぞれの個体における特徴をおぼえた。ところが、結果として、通知表で理科がどうかなったわけではない。むしろ、学校の成績はおうおうにしてわるかったのである。彼は、本に書かれた情報をおぼえることこそはやかったけれど、一度実践に使った手は、一から十まで、そっくりそのままわすれてしまうのが常だった。たとえるならば、祝宴かなにかではじめての料理に挑戦して、それを今後、ふたたび作るようになるか、あるいはもうあきてしまったりしてやめてしまうのか、という心持に似ている。
読者諸君がこれを「たちのわるい冗談だ」とでも思って、はやばやとこの紙を廃棄してしまわぬよう、ここらでその道楽とやらを記そう。
生き物殺しの趣味は、けして誰かに向っていえることでもなく、殺した二人にだって、とうとう話をせずに、あの世へ葬ってしまった。しかし、もし仮に彼らが生きていたとして、罪を告白するだろうか。ことによると、彼らとの関係をさらに深刻化させる恐れもあったというのに。
されど、虫などの下等生物がもだえながら死するさまは、彼にとって楽しかった。生物に対する異様な執着は、やはり、この邪な遊びをするために意味があったからで、人間に限定すると、第一法律があるし、人体の仕組みが理解の
ちなみに、父は
一方で、母はろくでなしである。
こうした状況で彼は生まれた。とすると、彼がああいう奇行に出るのも、不可思議なことだといえぬのではないか。
もちろん、両親の間柄は必ずしもよい方向へと進まなかった。
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