第6話 森を抜けましょう
陽が翳り始め、鬱蒼とした森の中は暗く恐いとレイは感じているが、ソルトはまるで遠足にでも来たようにどこか飄々としている。
『どうにかして、コイツと一緒に森を抜けないと。攻撃手段を持たない私には、さっきの魔物でさえ勝てないわ』
レイがどうにかして、ソルトを引き止めようとするがソルトはそんなレイを気にすることなく、森の中へと入って行く。
「だから、ちょっと待ってって、言ってるじゃない!」
「着いてくるなら好きにすればいい」
「はぁ? だから、なんでそうなるのよ! 少しはかよわくて可愛い私を守ろうとか思わないの?」
「思わない」
レイが先に歩くソルトの背中を追いかけながら文句をいい続けていると、急にソルトが立ち止まったためにソルトの背中に顔をぶつけてしまう。
「ちょっと、なんなの急に……」
「開けた場所に出たな」
『ここに簡易的な家を作ればいいと思います』
「へ~でもどうやって?」
『建築スキルを取得しました』
「ん?」
『土魔法と併用すれば、小屋程度ならレベルが低くても作れると思います』
「なるほどね。『
ソルトが唱えると、そこには四畳半一間くらいの部屋しかない小屋が建っていた。
「これでよし! じゃ、おやすみ」
「へ? 待ってよ! 私はどこで寝るのよ!」
「勝手に着いて来たんだから、その辺で適当に寝れば?」
「待ちなさいよ! そんなの冗談じゃない! それをよこしなさいよ。っていうかここは女性に譲るものでしょう!」
「そうなの?」
「そうよ! 分かったなら、どいて! ふん、なによもう」
ソルトはレイの手で小屋の外に放り出されると、小屋の扉が閉められるのを呆然と見ている。
「ま、いいか。貸し一と」
バッグからメモを取り出し、『レイ 貸し一 小屋を取られる』と書く。
「じゃあ、こっちに新しく作るか」
『土魔法と建築魔法のレベルが上がったので、平家なら風呂トイレ付きに出来ますよ』
「そう? じゃあ、それにしようか。『建築』」
ソルトが唱えると、さっきの小屋の横に少し大き目の小屋が建つ。
「お邪魔しま~す」
ソルトが扉を開け、中に入ると通り土間に洗面台にトイレ、それと奥には猫足の浴槽が存在していた。
「へ~いいね。まずはトイレだな。もう、公園で飲んだアルコールが……」
思い出したようにソルトの尿意が存在感を増して来たので急いでトイレに入ると便器に座り用を足す。
「なんで、この世界に来てまでも座りションか~癖づいているのは、世界が変わっても一緒だな。コイツのサイズも……」
用を足しスッキリしたソルトは風呂を用意しようとするが、どうやってすればいいんだと考える。
『右手に水魔法で水球、左手に火魔法で火球を準備して両手を重ねればお湯になるはずです』
「そうか、ルーちゃんさすが!」
『ルーちゃんとは?』
「君の名前だよ。いつまでも名無しのままじゃ呼びづらいでしょ?」
『ルー……ですか』
「そう! スキルのルーちゃん。単純でごめんね。落ち着いたら、もう一度考え直すからさ。仮の名前ってことでね」
『いえ、いいです。このままで、ルーがいいです』
「そう? まあ、喜んでくれているならいいや」
『喜ぶ?』
「違った? 声の調子が喜んでいるみたいだったからさ」
『喜ぶ? これが……喜ぶ。ふふふ』
「お! 笑ったね」
『笑ったって、私がですか?』
「あれ、さっき声に出して笑っていたよね?」
『気づきませんでした。失礼しました』
「なんで、謝るかな? いいじゃん、感情が芽生えてきたってルーも自分で言ってたし。だから、ルーも成長しているんでしょ?」
『成長……ですか、私が……』
ある日、いきなり訳も分からずに気が付けばソルトの脳内に存在し、ソルトがスキルを覚えたりなにか疑問に思ったことに対し答えるだけの存在だった筈の自分に自我が芽生え、感情が生まれルーは戸惑いを覚える。
『なぜ、私に感情が……』
「別にいいんじゃないの。そんなに難しく考えなくてもさ」
『でも……』
「そのおかげでルーとこうやって話も出来るんだしさ。それとも前の方が良かった? 元に戻りたい?」
『いえ! 絶対に戻りたくはありません! あっ……』
「ふふふ、それでいいんじゃないの。じゃ、俺はお湯に挑戦するとして……右手に『水球』、左手に『火球』と。ここまでは出来た」
『あの~』
「なに?」
『火球は小さくしないと、水が蒸発すると思うんですけど……』
「それもそうか。ありがとうね。でも、どうやって小さくするんだ?」
『コホン、では失礼して』
ソルトの頭の中でルーが畏まったように見えた。
『魔力操作スキルを取得しました』
「おうふ……」
『これで、火球を小さく出来るはずです。試してください』
「よし、モノは試しだ。やってみるか」
ソルトは左手に展開したままの火球に対し、小さくなるように念じてみる。
すると、左手の火球がバスケットボール大から軟球くらいまで小さくなる。
『まずはその大きさで試してみてはどうでしょう?』
「そうだな、じゃ『合体』と」
『給湯スキルを取得しました。これから便利になりますね』
「うん、そうだね」
猫足の浴槽を給湯スキルを使いお湯で満たしていく。
「そろそろかな」
ソルトが浴槽のお湯の温度を確かめると服を全部脱ぎ、かけ湯をしようとしたところで桶がないことに気付く。
「あれ、しまったな」
『桶なら、土魔法で生成出来ますよ』
「え? でも土ならお湯で溶けるんじゃないの?」
『いえ、土魔法で作ったものを圧縮すると岩のようになりますから、お湯くらいじゃ溶けませんよ』
「そうか、じゃ試してみるか。『
ソルトの手に土魔法で作られた直径十センチメートルくらいの手桶が握られている。
「やっぱり、溶けるな」
『それを圧縮してください』
「圧縮って、どのスキルなの?」
『土魔法で唱えて下さい』
「土魔法ね。じゃ『
ソルトが唱えると手に持っていた手桶が固くなり、ソルトが手桶を軽く弾くとコンコンと乾いた音がする。
「これで溶けることはないかな。じゃあ、使ってみるか」
ソルトが手桶を使い、浴槽の中のお湯を救ってかけ湯をする。
「あ~いいね。やっぱりお風呂だよね~」
ソルトがかけ湯で汚れを軽く落とすと、浴槽の中にゆっくりと身を沈める。
「ふぁ~いい気持ちだね~ふふ~ん」
ソルトが風呂から上がり、風魔法で濡れた体を『
「あ~さっぱりした。でも、今は着るのがこれだけなんだよな~」
『洗ってみてはどうですか?』
「洗う? どうやって?」
『水魔法の
「分かったよ。『洗濯』」
ソルトは脱いでその辺に置いていたスーツや下着類に向かってスキルを唱えるとスーツや下着類がキレイになった気がするが、びしょ濡れのままなので、ソルトは『乾燥』を唱えると、びしょ濡れだったスーツや下着類から水分が抜け乾いた状態になる。
「うん、これで着られる。あとは寝るところだけど、地面に直接は嫌だな。じゃあ、土魔法で台を作って固めればいいか」
ソルトは土魔法を使い、土で固められたベッドを作成する。
「まあ、ないよりはいいか」
ソルトは横になると畳んだスーツを枕にして、目を閉じる。
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