第5-3節:本当の貴族の姿

 

 ただ、その直後に彼は深刻そうな表情をして私を見つめてくる。


「だが、シャロンには覚悟をしていてほしい。おどすわけではないが、当地の環境はキミが想像しているよりもずっと厳しいと思う。昨日のように雨が降ることは滅多にないし、だからこそ収穫できる作物も限られている」


「ポプラからなんとなくそういった話を聞いています。それにお屋敷の畑も拝見しましたので」


「畑に植えられていた作物は、多くが弱っていただろう? 土地がせている上、雨もしばらく降っていなかったからな。かといって人力で水をまくのは、労力的にも水源の容量的にも限界がある。だから昨日は雨が降ってくれて本当に助かった。作物にとってギリギリのところだったかもしれん」


「……それは良かったです」


 私はただそれだけを口にした。私が精霊を使役して雨を降らせたなんて、今の段階では言えない。どんな反応をされるのか分からなくて、ちょっと怖いから。



 そっか、お義姉様も似たような気持ちでいたのかな……。



「もちろん、いつも今回のように都合良く降ってくれるはずがない。そうなれば作物は枯れたり病気になったりして、全滅もあり得る。そういう危うい状況の上にいることを覚えておいてほしい」


「はいっ!」


「……その点でも僕は心苦しい。キミにこんな運命を背負わせてしまって。嫁入りする女性は苦労するのが目に見えていたゆえ、僕はこの婚姻に乗り気でなかった。ただ、どうしても食べ物が必要で、援助金を目当てに王様の提案を呑んだ。シャロン、僕を軽蔑けいべつするだろう? そういう最低な男なんだ、僕は……」


 リカルド様は俯き、瞳を曇らせながら拳を握り締める。


 似たような話をスピーナさんから聞いていたけど、あの時に受けたショックはこの瞬間をもって吹き飛ぶ。背景にあった真意をこうして知ると、むしろなんだか納得して許せてしまう。


 そして罪悪感にさいなまれて傷付いた彼の心を癒してあげたくなる。



 ――そういえば、スピーナさんはどこまでリカルド様の真意を知って話していたのだろう? それに私が跡継ぎを産む必要はないという件は、本当に彼の意向なのか?


 なんにせよ、いきなり余所者よそものが入り込んできて、彼女としては面白くなかったということなんだろうな。だから今は気にしないでおくことにして、私はリカルド様と話を続けることにする。


「リカルド様はなぜそのことを私に打ち明けてくれたのです? それこそ本心を隠し続け、適当にあしらっていることも出来たのに」


「キミが僕に対して真っ直ぐな心でぶつかってくれているとハッキリ感じられたから。信頼できると確信したから。ならば僕も同じように接しなければフェアじゃない」


「ふふっ、真面目ですね。この婚姻はリカルド様自身がごうを背負うことを承知で、みんなのためを思って決断したこと。あなたは勇気ある人です。優しい人です。やっぱり最低なんかじゃないですよ。素敵です!」


「っ!? そ……そんなことはないさ……。そうだ、万が一にも食べ物が限界まで減ったら、僕の分は姉上やシャロンに差し出すつもりでいる。僕はえても構わない。ただ、もしそれでも足りない時は……その時は……どうか許してくれ……」


 微苦笑を浮かべたそのリカルド様の横顔にははかなさを感じた。そこには満足に食べさせられる保証が出来ない自分の無力さと悔しさ、寂しさも含んでいるような気がする。



 言葉の一つひとつから彼の想いがあふれ出ている。きっと今のは素直で正直な気持ち。偽りだとは思えない。


 私は胸を打たれ、泣きそうになってくる。


 お義姉様もリカルド様も優しすぎる。自分のことよりもみんなのことを大切に想って、私利私欲がほとんどない。それって全然貴族らしくない。



 …………。


 ……ううん、むしろこれがきっと『本当の貴族』の姿なんだ。そんな気がする。



「あ、そういえばシャロン、畑を見たなら葉の表面がツルツルしている草が植えられているのに気付いたか?」


「はい。フィルザードでは見られない草だとポプラは言っていましたが」


「あれは葉を煎じて飲むと姉上の体に良いと聞いてな。中でも乾燥に強い品種を取り寄せて育てていたのだ。ただ、今の状況では無事に育てるのは厳しそうだ」


「なるほど、あの草はそういうものだったんですね……」


 お義姉様の体調が改善する薬草なら、限られた畑の一角を使ってでも栽培を試みようというリカルド様の気持ちも理解できる。



(つづく……)

 

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