Twilight -The side story of SIXMIX-

花田神楽

1 Konfession


「沙羅の話、聞きたいか」



 不意に俺はつぶやいた。

 「yellow Iris」に帰ってきて以来、ずっとうつむき黙り込んでいた俺の第一声だった。


 類がビクッと肩を震わせる。

 俺に声をかけられると思わなかったのだろう。

 パソコン作業を止め、まじまじとこちらを見つめてくる。

 類にしては珍しく、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になっていた。



「……まさか、君からその話をしてくれるとはね。急にどうしたんだい」


「まあその、今日は色々迷惑をかけたからさ。お前には、全部正直に話さなきゃいけないと思って」


 今日の出来事は、あまりに予想外だった。

 混乱も動揺も、いまだ収まったわけではない。

 気持ちの整理はおろか、頭の整理も追いつかなくて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。



「本当にいいのかい? 昼間、あんなに取り乱しておいて、冷静に話すと決断をしたとは思えない。後々になって『やっぱり話すべきじゃなかった。お前は知りすぎた』なんて言われても困るよ?」


「そんなことは言わねぇよ。けど……」


 類はいつも、痛いところをついてくる。


「正直、沙羅のことは軽々しく話しちゃいけないんじゃないかとも思うし、いっそすべてを話して楽になりたいとも思う。まだ自分が何をすべきか分からないんだ。それに今日、沙羅の復讐を果たさずに帰ってきたことも、本当に正しかったのか……」


 ぽつぽつと、ゆっくり言葉を繋いでいく。

 自分の心に正直であろうとすればするほど、話し方はたどたどしくなった。


「ただ、俺のプライベートに類を巻き込んだ。それだけは分かる。だから、きっとお前には事情を知る権利があって、お前が望むなら俺は――」


「じゃあ僕は、その知る権利とやらを行使していいってことだね?」


 類が唐突に、場にそぐわない浮き足立った声を出した。

 思わず顔を上げる。

 類の表情をうかがう。

 類の瞳はキラキラと輝き、口元は笑みを隠し切れずに緩み、一目でワクワクしていることが伝わってきた。


 うわずった声のまま類が続ける。



「いや実はね、沙羅嬢の過去は前々から気になっていたんだ。ただ、この話題に触れると君は怒るから、秘密裏に行動しなくちゃいけなくなってさ。思うように調べが進まなかったんだよ」


 ガトリング砲のごとく、早口で一気にまくしたてる類。

 その興奮冷めやらない様子に呆れ、俺は肩をすくめた。


「何がそんなに」


「楽しいよ。楽しいに決まってるじゃないか。僕は生まれながらの科学者だからね。見つけた謎は解かないと気が済まないんだ。これまで謎を解きたくても解けずに鬱憤がたまってた分、徹底的に説明してもらうからね」


 まったく、研究のためなら俺への気遣いも遠慮も微塵もないな。

 マッドサイエンティストは、今日も平常運転のようだ。


 俺はため息をついた。

 俺自身はあくまで真剣な話をしていたつもりだったが、類はシリアスな感情を一切持ち合わせていないらしい。


 ずっと陰鬱に悩んでいたのが、なんだか馬鹿馬鹿しいじゃないか。


 知らぬ間に、俺はふっと笑みをこぼしていた。


「じゃあお望み通り、徹底解説してやるよ。そうだな、どこから話すといいか……」


 望月がつぶやくと、類はゆったりとした動作で席を立った。


「長くなってもいいから、詳しく頼むよ。酒の肴にするからさ」


 そう言ってバーカウンターの裏に回り、調理場から二人分のグラスを取り出してくる。

 俺にアルコールを摂らせて、洗いざらい吐かせる気らしい。

 俺はまた笑みをこぼしていた。


「だったら、少し長くなるが、俺の両親の話からさせてもらうよ」

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