第16話 それぞれの腕の見せ所
「あ、アリシア?」
「殺します」
声の冷たさ、その刺すような響きに、鳥肌が立つ。
アリシアは私をそっと放し、スライムに一瞬で近づくと、目にもとまらぬ速さでスライムを滅多斬りにした。
その剣戟は明らかに訓練されたものであり、素早くしなやかで、言葉の通りの殺意がこもった乱暴さだった。
青い粘液が血のようにバシャバシャ辺りに飛び散りるその光景は、離れたところから見ても、少しショッキングだった。
スライムはいくつもの小さな破片になり、地面の上でぴくぴくと痙攣したように動くだけになった。するとようやく、アリシアはくるりとこちらを向いて歩いてきた。
その身体は返り血の様に浴びた粘液で濡れていたが、顔は興奮冷めやらぬような鋭い眼光のままだった。
「アリシア……?」
不安に思い、私が声をかけると、アリシアはまるでお面が外れたかのようににっこりとしたいつもの表情に戻った。
「これで敵はいなくなりましたよ、安心してください、お姉さま!」
「アリシア……その、ありがとう……」
あまりに別人のような二面性を見せられ、私は明らかにいつも通りに笑えていなかった。きっと怯えるようなひどい表情をしていたことだろう。
アリシアはそれに気づいたのか、少し悲しそうな表情をすると、私を抱きしめた。
「怖がらないでください、お姉さま。その表情は少し……傷ついちゃいます」
「あの、ごめんなさい。そういうつもりじゃなくて……」
いつもの調子に戻ったアリシアに抱き着かれ、私は少しほっとして、緊張が解けた。
「でも、私からお姉さまを奪う奴は、ああなって当然ですよね?」
アリシアはいつもよりも一オクターブ低い声で、耳元でそう囁いた。
私は抱かれた肩が強張るのを抑えられず、またもやアリシアに怖がっていることを知られてしまったと思った。
しかし、身体を離して私を見たアリシアは、いたずらっぽい顔で、私のことをにやにやと見ていた。
「ふふっ……怖がるお姉さまも可愛い~」
「……もう! またからかったんですね?」
またこれだ。アリシアは最近こんな悪ノリがあまりに多い。しかも私が絶対信じてしまうほど本気でやるからたちが悪い。
この子はいつからこんなに悪い子になってしまったのだろうか。
もしかして、私の教え方が悪かった……?
それなら……そんな悪い子には、ちょっとばかりお灸を据えなくては。
「でも、まだまだですよ、アリシア」
私が指をさした方を振り返ると、そこにはなんと、すっかり元通りの大きさになったスライムの姿があった。
「なっ……何で、こいつ!」
スライムに物理攻撃は無効。効いたように見えても、すぐにくっついて元に戻ってしまうのだ。のろまで弱そうに見えても、大きければ大きいほど、実は危険な魔物だ。
この大きさともなれば、人を飲み込んで窒息させることもある。人里に出れば魔法使いの派遣が必要になるほどだ。
「スライムの退治は……こうやってやるんです」
私がスライムの方向へ手をかざすと、スライムはふわりと宙に浮き、ぐるぐると洗濯でもされるように空中の一点を中心に渦巻き始める。そしてその質量をどんどんと、まるで空間に針で開けた小さな穴に吸い込まれるように、減らしていく。
「えいっ!」
私が伸ばした手の先で、掌をきゅっと閉じると、スライムは僅かな雫だけを飛び散らせて、跡形もなく消え去った。それを見たアリシアは驚き、言葉も出ないようだった。
「ふふん、どうです? アリシアさん。私も守られてばかりではありませんよ?」
私がそう言うと、アリシアはむすっと拗ねたような表情をした。
「お姉さまの意地悪! すぐ倒せるなら、自分で倒せばいいじゃないですか!」
「え? だ、だって……アリシアさんが格好良かったからつい……」
「お世辞はいりません!」
拗ねてずんずんと背中を向けて歩き始めたアリシアに、私は追いすがった。
「本当ですってば! なんだかぞくっとしたんですから!」
「本当?」
「ええ」
「本当に本当?」
「だからそう言っているじゃないですか……」
「へぇ~」
と、振り向いたアリシアの顔は、またあのいたずらっぽい表情に変わっていた。
「お姉さま、私の事かっこよくて、ぞくぞくしていたんですね!」
「あっ……いえ違います。ぞくぞくなんてしていません」
「いーえ、聞きました。アリシアは一生忘れませーん」
そう言って、アリシアはまた小走りで先に行ってしまった。
「そんなこと、言ってません!」
いや、言った。
言ってないは無理があったかもしれない。でも、お願いだから、なんとか聞かなかったことにしてほしい。
私は疲れてろくに動かない足で、アリシアを追いかけた。
しばらく林道を歩き、私は目印の分かれ道に着いたので、アリシアを呼び止めた。
「あ、アリシアさん……こ、ここです。止まってください……はぁはぁ……」
「お姉さま、どうしたんですか? 顔色が悪いみたいですが……」
「あ、あのねえ……」
しかしアリシアはからかっているわけではなく、私がなんでそんなに疲れているか分からない様子だった。私は説明するのも何だか情けなく感じて、ぐったりと全身から力が抜けた。
「はぁ……もういいです。ほら、ここの分かれ道を、真っすぐではなくて、こちらの獣道に入るんです」
私はそう言いながら魔法で木々をかき分け、細くなった道を無理やり通っていく。
「えぇ? 大丈夫ですか? こんなところ……」
アリシアも鬱陶しそうに、草木を避けながら後ろをついてくる。少し急な坂を、半ば滑り落ちるように抜けると、その先に小さな泉が見えて来た。
普通の水からは考えられないほど青緑色に美しく光るその泉の周りには、同じ色をした魔石がごろごろと転がっている。それらは泉の周りから、その水底にまでも散らばるように落ちており、大きさも大小さまざまだ。
「綺麗……」
アリシアは先ほどまでの子供っぽい表情から、すっかり景色に見惚れる少女の顔に変わっていた。ころころ表情が変わって、見ていて飽きない。
「ここの魔石は、泉と同じように澄んだ水を生み出せるので、飲料や高級料理に最適なんですって。評判いいんですよ」
「さっきの魔石とは、全然違いますね……色が透き通っています」
アリシアは落ちている魔石を拾い上げると、そう呟いた。普通の石の一部が、蛍光のような青緑色に光っており、全てを反射するような、向こう側が透けそうな、不思議な輝き方をしている。
「さ、好きなだけ拾っていいですよ。私が魔法で浮かせて、持って帰りますから」
「本当ですか⁉ お姉さま、綺麗なのいっぱい探しましょう」
アリシアは嬉しそうに泉に近づいて、お気に入りの魔石をいくつも拾っては、これは輝きが違うとか、これは形がいいのだとか理由を言っては、私のそばに置いて行った。
私はアリシアが魔石を集めるのを、岩に腰掛けてほっこりして見ながら、褒められたい子供みたいにアリシアが持ってくる魔石を袋に入れていった。
アリシアが楽しそうにしているのを見るのは、すごく好きだ。私はああやって、無邪気にはしゃぐのが苦手だから。代わりに私の分まで感情を表現してくれているみたいで、幸せな気持ちになる。
ある程度魔石を集めたら、私達はそれを持って、来た道を戻った。色々ハプニングはあったが、十分な魔石を手に入れられて、アリシアの喜ぶ顔も見られたから、よしとしよう。
とはいえ、これを持って帰ったところで、売らなければ意味が無い。
私が本当に苦手なのは、これをあの性悪女に、売らなければいけないということなのだが……
実際にその日が来るまでは、ひとまず忘れて過ごすことにしよう。
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