第15話 津市防衛線決着。

 近くで彼女の顔を見るように男は鉛の足を引きずって近づいていく。


「ホォゥー。さっさと拘束して…おく…か……」


 大きく息を吐いて人間の姿に戻った彼の顔はボコボコでとても立っていられる状態でないのは一目瞭然だ。

 フラフラと前に進む彼の足取りは、おおよそ平和ボケした一般人では意識を保つのがやっとであると思わせるほどゆっくりとしたものであり立ったり座ったりを繰り返していた。

 そんな男を目にすれば敵でも仲間でも興味をはじめとした沢山の思いで近づくだろう。

 そのため満身創痍の月岡にゆっくり空中から降りながら近づいてくる男が一人その男はふざけたような恰好をしており、とても戦場に来るような人間の恰好ではない。



 真ん丸の赤っ鼻。その下地の顔は全面が真っ白。そこに加えて両眼には垂直にオレンジ色のラインが入っている。


「なんだ~い。ケイロちゃんも負~けちゃったのか~い」


 それはまるでピエロのよう。



 その男は軍服にモコモコとしたファーを取り入れてオシャレに着こなしている。右手には小さな風船が虹のように7つ、左手には大きな風船が赤と青の2つ。

 そのつらに合わせて服装や持ち物までも彼をピエロであると訴えかけている。

 軽い足音で月岡に近づいて顔を覗き込むと、彼はその足で軽やかにケイロのもとへ歩いて行った。


「“風船バルーン”——幼き時間フィクション。」


 男にしては高い声。見た目の通り、声までもが道化のそれを表す彼はおもむろに右手からすぐさまに膨らんでいく状態の風船を生み出している。

 生み出された風船はそこに寝転がっているケイロを飲み込み、透けて見える緑色の風船の中には姿が薄く映っている。その映っている風船はそのまま右手の大きな風船の一つに加えてニコニコしたまま、また彼は宙に戻っていくように地面との別れを告げていた。


「お前は誰だ!」

「君こそ誰なんだ~い?」


 かろうじて立っている月岡に対して話はするが目は向けていない。彼が視界には月岡程度はいないらしい。


「ごめんだけど、“ぼくっち”には時間がないんだ。あ、でも、君の一本貰っていこうか」

「お前、どっか行ったか。それも俺の仲間に手を出したのか?」


 もともと冷たかった月岡のピエロに対する目線はさっきのこもった鋭いものに変わった。

 それと同時にまったく関係ないかのように大きな青色の風船からちょこんと顔を出した人物がいる。


「レイル中将、さっさと退きましょう。」

「で~もさー……」

「でもじゃないです」

「はい。」

「お、おい。俺の質問に答えろ!何でお前がそこにいるんだよ!裏切り者の来栖!」

「月岡中尉お久しぶりですね」


 思いもよらなかった現実に論点がすり替わっていた。


「クリスちゃんの言ったとおりにもう帰る~よ。君を連れ戻すこと~がぼくっちらの任務なんだから~ね。じゃ~あクリスちゃん頼む~よ」


 右手で親指を立てたgoodマークを作る彼女は「“見えざるゴースト”——隠蔽インビジブル」と声に出すと姿かたちはもう視界から消えていた。必死に「おい」と連呼する声は一音も二人の耳には届いていないようであった。



 俺はこの後すぐに気絶をしていたらしい。ここからは気がついてからすぐに観多から聞いたことだ。



 どうやらそこから数分もしないうちに他5人は俺のもとに到着したらしい。だが全員が重度の傷を負って移動するのはきつい状態になっていたらしい。俺のもとに来たのは俺の持つ病の祝福で傷を回復できるからという理由と隊の隊長である俺の指示を受けるためという理由の2つかららしい。

 ちなみに5人の様子を細かく言うと、櫟は全身の切り傷等から血があふれ、観多も同じように怪我をしていた。他3人はというと、片時雨は左脇腹が抉られたのと左腕を吹き飛ばされたので動くのは困難であり、無傷な東雲は意識を失っている挟谷を担いでいたそうだ。

 東雲を除いた4人はそれぞれの戦場で決着がついた後にあのピエロ野郎と接触したらしい。3人でいた櫟、挟谷、観多は多勢に無勢を恐れたのか戦闘行為には至らなかった。だが片時雨のいたところでは珈琲豆を操る女将校の時と同じように敵将校のマークを風船の中に回収した後に体を風船に代えられた後に破裂させられて欠損したらしい。

 不覚。

 ここからまた数分後には本部から5人存在する大将のうちの一人、噴谷ふんや大将率いる8000の軍が現着したらしい。すぐさま噴谷大将の部下の力によって俺ら6人の傷はすべて修復され、あらましの状況や事情を説明したあとに大将自らの病の祝福で軍学校に飛ばされた。



 そして僕が起きたのは9:11に軍学校の医務室で、そこには真っ白な天井があった。



 大将曰く、俺らが敵軍を食い止めたことは日本軍にとって“大勝利”であったそうで、そのため起きていた観多らの心はとても軽かった。



   —津市防衛線 日本軍勝利。—

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