第8話 それぞれの戦場

 —大通りの戦い—


「“結界カット・オフ”——異空間サンクチュアリ!!」


 一言で発動されたのは結界のような半透明な壁。への字型が組み合うことで一点を中心とした渦のような紋様を作り出す。幾何学模様のような壁は薄緑色の半透明。

 1000もの軍兵と雨雲を隔てるように突如出現したその壁は一滴いってき残らず雨を受け止め、一滴ひとしずくの血すら兵から流れ落ちることはない。

    トゥトントゥトントゥトン

 マークが壁を張ることではじける音が鮮明になった瞬間であった。

 頭一つ軍隊から顔を出したマークは静かに目を細める。捉えていたのはこれから戦うであろう雨を非情に降らしている男で、直感的に察したその男も同様にマークを見つめていた。


「ラーララララララ。俺の壁を貫けるわけねぇだろう。そりゃあ俺の作り出す結界はダイヤモンドの硬度の5倍だからな!」


 大きくジェスチャーを使いながら威嚇する話し方は癖なのであろう。ここでも片時雨に話しかけていた。


「確かにそないならわしのおしめりを防ぐだけの力はあると納得がいくわけか。ならこっちはどう?」


 片時雨は両手を開いて上に向ける。だが次の瞬間その指先はピアノ盤を全指で叩くように勢いよく振り下ろして一言放った。


「“雨男——切雨(きりさめ)”!」


  トゥトン……トゥトン…トン——ス——スサ——スサスサ——スサスサスサスサ

 はじける音が消えていった。かと思えば今度は乾いた大地に水が浸み込むようなキレの良い音のする雨。垂直に落ちていた雨はsin30°で半透明な壁の下を横から差し込んでくる。

 そのため口々に「なんだぁ!この雨切れるぞ!」「中佐の盾の恩恵に合づかれる場所に避難しろ!」と声を出して焦りの色を見せている。

 それは無理もなく、差し込んできた音は一刀されたようなスパッとした音に変化してこれまた斬兵1000を大きく削っていた。


「大丈夫そうだな。では劉也さん、ここは頼みますよ」


 そう櫟が言葉を残して4人が散会した。そこから刹那の出来事であった。地面と水平に張られていた結界がマークの右腕を使った大きなジェスチャーと同時に片時雨のもとに面で押すようにものすごい速さで近づいてくる。目算で時速36㎞はくだらないと思われる巨大な壁が迫ってくる恐怖と同様はいかほどであろう。

 片時雨が気づいた瞬間には目と壁の間が10㎝であることに目をぎょろっとさせてしまった。


「ん、んぁ~!」


 咄嗟に取った両腕を目の前でクロスさせる防御の構えはないものに等しいとも言え、顔面のおでこと口から血が出るのは必須である。


「あ~あ。やってらんねぇな。そやし軍系は嫌いなんだよ。」

「じゃあ軍なんかやめちまえよ!降参しちまえ!」

「あー、やだヤダ。やめられへん理由がこっちにはあるんだよ。月岡はんがあっちでは戦っていてこっちでは4人が大群を潰しに行った。そやしよぉ、わしだけ逃げるわけ行かねぇんだよ」

「ラーララララララ。病の祝福名が“雨男”のくせに意外と君はあついんだね」

「普段やこのノリ嫌いなんそやけどもな。だが今日は君の言うとる通り、熱くいかせてもらうよ!ほんで見せてあげんで、おしめりはダイヤモンド程度なら簡単に砕くさまをね!」


 壁にぶつかった拍子で降りしきった雨は解除される。そのため霧散していく雲の合間から陽光は差し、血が出続ける頭と腕をくっつけたまま人差し指でマークを指す姿の後ろには祝福するかのように虹が二種類かかっていた。



 —大通りの戦い 4人対1000人サイド—


「大丈夫そうだな。では劉也さん、ここは頼みますよ」


 僕がそう言って一人残した瞬間に静かに男が押し飛ばされた。


「劉也さーん!」


 むなしく叫んだ声も彼に聞こえることはないようで返事は一言も聞こえない。振り返って止まってしまっても、数秒待ったところで一切声は聞こえなかった。


「中尉、行きましょう。ここで待つことも心配することも違うでしょう。僕らがやることは片時雨中尉や大尉を信じて、僕らが彼らの憂いをなくすように敵軍を一人残らずこの地に沈めることでしょう」

「透くん……。」


 他二人と顔を合わせても力強くうなずき、目は透くんと同じ信念に満ちた目をしていた。


「悪い、ありがとう。ここからはうつつさん1人と他3人で動く。透くん、もう一人の中佐であるクラストはどこにいる?」

「左に200mほど行ったところでしょうか。……!」

「どうした!?」

「こっちにものすごい早さで走って向かってきます!おそらく一網打尽にする予定なのでしょう、彼の病の祝福で!!」


 強圧的な声と顔で訴えかける彼の表情一つですべてが伝わってくる。


「先に行ってください。」


 ここで小さく声を出したのは東雲であった。まわりの3人にすら聞こえるか聞こえないかというほど小さな声。そんな声であったために近づき来るクラストの足音に埋もれていた。


「ここで時間を使うのは違うでしょう。クラウスという敵の相手をするよう京二さんに頼まれたのは自分です。ですから先に行ってください!」


   ………………


 言葉はなかった。そこに残った音はなく、遠ざかる音は3つの足音であった。

 さみしげな音は湿った空気に良く広がり、心にまで響く音へと遂げていた。


「さぁて自分の相手をしてくれる中佐殿はどんな人間かな」


 静かに雲が引いていき、この場にある音など存在しない。そのため息をする音さえ鮮烈に際立つ。だからこそ彼女の凛としている冷たい声もよく通る。



「“残雪”——雪化粧……。」

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