第10話 メイドは夜もずっと見守る


 家に着いた。時刻はもう0時過ぎ。

 家に着いてすぐ、神崎から急いで風呂に入るよう促されたので、風呂に入った。ちなみに風呂の沸かし方、分からな――あれ? どうやら風呂の沸かし方が分からない祐介の為に、彼女は事前に風呂のセットをしてくれていたみたいだ。


 その彼女――神崎はというと祐介が入っている風呂場のドア越し、つまり洗面所にいた。神崎は洗面所で彼がさっきまで着ていた服をあみに入れたり、散乱していた衣類の整理をしたり、彼が風呂から出た時に着る服の用意をしたりと、とにかく祐介のお世話をしている。

 今晩洗濯する衣類は今日祐介が着ていたモノだけで、散らかっていた衣類は明日以降、洗濯するらしい。

 だがその他にも彼女がここにいる目的はあった。


 神崎はすーはー、すーはーと祐介がさっきまで着ていた服の匂いを嗅ぐ。そして、抱きしめた。


(なんか、こうしてると本物の祐介様とハグしているみたい。私、幸せ)


 服には微かに祐介の体温も残っていた。その体温までも神崎は愛おしそうに感じていた。

 だいぶ、名残惜しそうに神崎は抱きしめていた彼の服を網に入れた。


 一応やる事は終わり、洗面所を出ようとした……が、やっぱりここに居たいと思ってしまった。


 シャワーの流れる音。風呂場のドアにうつる祐介のシルエット。この一枚隔てたドアの奥に一糸まとわぬ姿の祐介がいる、と思うだけで神崎は絶頂の域に達してしまう。


 神崎は祐介のシルエットを見ただけで濡れてしまった。くっきりとは見えない肌色の影。ぼやけているからこそのチラリズムは彼女の興奮を誘うには充分だった。


 神崎はメイドである事を忘れて、快感に溺れていた。


 気づけば時間は過ぎていて、祐介が風呂から出てくる頃。


「イケナイこと、シちゃった」


 彼女はポツリとそう呟く。

 濡れた下半身をバスタオルで急いで拭く。まだ身体は小刻みに痙攣している。


「祐介様、パジャマ置いて置きましたので」


 そう言う彼女の声は上ずっていた。

 それよりもまだ彼女が洗面所にいた事に祐介は驚いた。神崎が洗面所にいながらのお風呂で彼が全く意識してなかった、といえば嘘になる。


「サンキュー」


 祐介が新品のゼニスブルーのパジャマを着てリビングへ行くと――


「すごく似合ってます! とてもクールです」


 神崎に褒められた。


 もう寝る時間なので二階にある自室へ行こうとしたら、彼女に腕を掴まれ、止められた。


「あんな埃まみれの、モノが散乱したお部屋で寝られたら、祐介様が病気になって死んでしまいます! そんなの、絶対にイヤです!」


 それにシーツや枕等も洗濯されていないでしょう? 、とも彼女は付け加える。


 神崎は祐介が風呂に入っているうちに彼の自室を下見に行っていたらしい。


 ソファーで寝るよう、言われ枕や毛布などは全て彼女が用意してくれていた。


「大変お疲れでしょうし、眠いかと思います。ゆっくり休んでください」


 。いまいちその言葉にピンとこなかった。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 消灯する。


 だがすぐに、寝てないことがバレる。枕許のランプが彼の顔を照らしているから。


「――祐介様、寝ないのですか?」


「寝ないんじゃない。寝れないんだ」


 打ち明けようか迷った。だけど、神崎なら受け止めてくれるかもしれない。そんな不確かな期待を込めて彼は言葉を続けた。


から眠い、という感覚が無くなった。全然、寝ようとしても眠れない。仮に寝れたとしても怖い悪夢を見るだけ。毎日、夜が来るのが怖い」


 言いたい事は言い終わった。

 それに神崎はどのような反応を示すのか。


「そうだったのですね。でも、わたくしがそばにいるので、大丈夫です。怖い、という気持ち、よく伝わってきました。ですけど、その恐怖は自然なものなのですよ? 大切な人を失ったのですから。今は苦しくてつらくて、眠れないかもしれませんが、いつかは時間が解決してくれます。その時をわたくしと一緒に待ちましょう。だから今はわたくしの膝の上でおやすみなさい」


「……ありがとう」


 祐介は再び瞼を閉じる。

 いつの間にか神崎に膝枕をされていた。

 そして彼女は彼のサラサラとした黒髪を撫でた。繰り返し何度も撫でた。

「大丈夫ですよ、祐介様」

 時にそんな囁きも交えながら。

 繰り返し撫でられているうちに、段々眠くなってきて、彼はゆっくりと眠りに落ちていった。


 祐介が眠ってからも、神崎は彼の頭を撫で続けた。


「大丈夫です、祐介様。わたくしがずっとあなたのそばにいます」


 ……Zzz


「怖い夢なんか見ません。祐介様が見るのはわたくしとイチャイチャする夢です」


 ……Zzz


「寝顔、可愛らしいです。さて、戯言はここまでにして。膝枕、して欲しかったらいつでも仰って下さい。今みたいにしてあげます。って、寝てるから返事返ってきませんよね、失礼しました」


 神崎はそーっとソファーから立ち上がった。

 そして少し席を離れる。


 しばらくして、戻ってくると掛けられてた毛布が床に落ちていた。


「もうっ。ちゃんと掛けないと風邪引いてしまいますよ。もし……風邪を引いてしまったら、その時はわたくしが看病してあげますが。……うへへ」


 良くないことを考えたのか、神崎はニヤニヤする。


 そうして、そーっと祐介に毛布を掛けてあげる。彼は気持ちよさそうに寝ていた。


 そんな無防備な彼を襲いたい、と思ってしまった。彼を起こさずに襲えるかは分からない。けど、欲求が彼女を支配する。


 彼の身体に手を伸ばす神崎。

 彼の腰に手が掠った所で、神崎はその手を引っ込めた。


(まだ早い。今日はやめておこう)


 どうやら理性が勝ったようだ。


 神崎は新しく用意された自分の部屋――神崎の部屋――に戻った。

 勿論内側から鍵を掛けるのは忘れない。


(ずっと祐介様のそばにいたかったけど、私だって人間だもの)


 眠くなる時は眠くなる。


 三時間だけ仮眠することにした。


 アラームを5:00にセットする。


(さすがに5時前には起きないよね?)




 

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