第52話 学園長

「履修届が無事に受理されて良かったよ~。これで来週からまた屋上生活の始まりだなー」

「いや履修届出しても授業でなきゃ単位取れないから。単位取れないと進級できずに退学だから」

「ほえええぇ!?」


 その日の放課後。

 無事レオンの履修届を提出した俺たちは、Bチーム用の会議室に向かっていた。


 ってか、コイツやっぱり何も理解してねーじゃねーか。

 もう一度あらためて学校というものについて教える必要があるな。

 まぁゲームだとプレイヤーの大半が学生だから、そこら辺はどうとでもなったしな。

 レオンが素だと、こうなのだろう。


 そう思いながら廊下を歩いていると。


「あ、ババアだ! ババアがいる!」


 向かいから現れた人物を指さし、レオンが叫んだ。

 この王立学園のトップ、学園長が歩いてきた。


「なんだい。それが目上の者に対する態度かい?」


 レオンの態度に心底不愉快そうな表情の学園長。

 だろうね。


「なんだい。どこのバカ貴族のボンボンかと思ったら……【英雄の息子】と【魔眼の子】じゃないかい。面白い組み合わせだねぇ」


 だが俺たちが誰か気づいたのか、次は愉快そうに笑みを浮かべている。


「そんなに意外ですか? 俺たちが仲良くなるのが」

「そりゃ意外さね。アンタたち二人は絶対に仲良くなれないと思ったから同じチームに入れたんだ。こりゃ、アタシの計算ミスだったね」

「ねぇ聞いてよリュクス。酷いんだよ。このババア、ボクにリュクスを殺せって言ってきたんだぜ?」

「ああ、そういえば前に聞いたな」


 噂が本当なら俺のことを倒して欲しい……だったか?

 まぁゲームでも学園長はリュクスを警戒していたから、そんなにおかしくは思わなかったが。


「とんだ誤解さね。アタシはちゃんと『噂が本当だったら』と言ってあっただろう? 英雄の息子であるアンタの入学を認めたのは、魔眼の子の無実を証明するためさね。噂がデタラメならそれで結構。普通に青春を楽しめばいい」


 レオンフィルターが掛かっていたから不穏に聞こえるけど、実際のゲームでも言われるからな。

『魔眼の子、リュクスに気をつけろ』って。まぁゲームなら勘の鋭い人……って印象になるけど。

 残念ながらこの世界じゃ俺は魔物出没とは無関係だからな。


「レオン。学園長は学園を守る義務がある。怪しい人物は例え生徒だろうと警戒する必要があるんだよ。だから俺は学園長に疑われたことを何も怒っていないし、寧ろ俺を警戒するのは当然だと思ってる」

「えぇ~? 生徒を疑うなんて教育者としてどうかと思うけどな」


 学校の概念すらまともに理解してないくせにコイツ……。


「ふん。あのバカ弟に『英雄の息子だから』と頼まれて特別に特待生として入れてやったが、どうやらその器じゃなかったようだね。それに比べて」


 学園長の目が俺に向く。


「アンタは見所がある。流石はあの男の息子さね」

「どうも」


 あの男……。

 どうやら学園長は父グレムとも知り合いらしい。


 いや、そりゃそうか。父と国王は盟友と呼ばれている同級生。


 その姉となれば、何度か顔を合わせたこともあるだろう。


「父グレムとは知り合いで?」

「知り合いなんてもんじゃないさね。あの男はね……このアタシが唯一惚れた男だよ」ポッ

「オエエエエエエエエエ」

「いきなりどうしたんだい!?」


 うおおアブねぇ。急に吐き気を催してきた。


 俺は他人の恋愛大好きマンだが、父親のとなると話は別で、苦手なのだ。

 前世でも両親の馴れ初めとか聞くの苦痛だった。


 決して学園長の「ポッ」が気持ち悪いと思ったとか、そういうわけではない。


「リュクス大丈夫? 可哀想に。急にホラートークをされて。怖かったよね? ボクが背中をさすってあげるよ」

「人の青春をホラーとは酷いじゃないか。アタシゃ泣くよ?」

「泣きたいのはこっちだよ! ババアの過去恋愛をされる方の身にもなってくれ!」


 キレるレオン。その間も背中を擦ってくれていたお陰で、吐き気は大分収まった。

 ありがとうレオン。みんなで作った友情のハンバーグカレーライス&アズリアの映えパンケーキを吐き出さずに済んだよ。


「失礼しました学園長。取り乱しました」

「ほほう。顔はあの女に似ていて気にくわなかったが……そういうところはあの男そっくりだねぇ。可愛いじゃないか」

「オェがとうございます」

「なんて!?」


 危ない。また出かかった。

 さすが学園長。こうして談笑していても、油断ならない相手だ。


「リュクス大丈夫? 顔色悪いよ?」

「だ、大丈夫……」

「くそ~。ババア! リュクスに一体何をしたんだ!」

「誤解さねっ!?」


 いやホント、学園長は悪くないから。


「大丈夫。大丈夫だから、学園長は関係ないから」

「でもコイツと遭遇してからいきなり具合が……ボクをけしかけたくらいだし、やっぱりこのババアが何かしたんじゃ?」

「確かにアタシは噂を確かめるためにアンタを利用した。それは認める。アンタたち二人には悪いことをした。謝るよ」


 学園長は頭を下げた。


「ええと……ねぇリュクス。ボクこの国の礼儀作法に詳しくないんだけど、こういう時って頭を蹴ればいいんだっけ?」

「違うからな? 絶対するなよ?」


 ってか絶対知ってるだろ。

 俺の許可あれば蹴るつもりだろ許さないからな?


「頭を上げてください学園長。別にいいですから。学園長なりにこの学園のためを思ってのことだったと理解しています」

「ふふ。リィラから聞いた通りの男だ。見事だよ。許してくれてありがとうね」

「リィラから?」

「ああ。実はさっき、Aチームの連中に喝を入れに行ったのさ。そこでチーム分けについて聞かれてね」


 そういやリィラのやつ、チーム分けに関して滅茶苦茶怒ってたからな。

 学園長に直接聞いたのか。


「で? 70対10っていう頭の悪い組み合わせの真相とやらは?」


 相変わらず棘のある言い方でレオンが急かす。


「全部アンタの為だったのさ」

「俺の?」

「リュクスの?」


「そうさね。アンタは魔眼の子というみんなから嫌われる理由がある。それだけなら、こんな噂が王都に広まることもなかったさね。だがアンタは優秀だ。15歳にしちゃ、優秀過ぎたんだよ。留学中の5年間。アンタが持ってくる成果物を見て、多くの学者や研究者たちはアンタを羨んだ。嫉妬した」


 そんな王都に、魔物が出現するようになった。


「どこの誰かはわからないさね。もしかしたら一定の個人じゃないかもしれない。でも、アンタを妬む人間が【魔眼の子】と【魔物出没事件】を結びつけたんじゃないかとアタシは睨んでいる」


 魔眼の子の話は、絵本でみんな知っている。

 だからこそ、ある種の都市伝説のような感じで、噂は広まった。


「で? リュクスを守るどうこうの話は?」


「順番に話してるんだから黙って聞きなガキ。でだ。アタシはアンタが優秀過ぎるってことを問題視した。優秀な人間ってのは無条件に敵をつくる。だからアタシはアンタを負けさせたかった」

「それで、あんな無茶なチーム別けを……?」

「70対10で勝ったところで、それでリュクスが弱いってことにはならないと思うけど?」

「人を妬むヤツなんて、そんな条件はどうでもいいさね。いけ好かない子供が、学園のイベントで負けたらしい。それで溜飲を下げてくれれば、少しは噂も収まるだろうよ」


 模擬戦イベントは成績に絡まないからね。と、学園長は最後にそう付け加えた。


 なるほど。


 確かに俺が負けて喜ぶ連中は、俺がどんな不利な条件で戦ったかなんて興味ないだろう。

 俺が負けた様子を想像して「プギャー」できればいいわけだ。


「という訳さね。わかったかいリュクス、ガキ」

「ねぇ、ガキってボクのこと?」

「そうさねガキ」

「ねぇねぇリュクス~このババア酷くない? 可愛い生徒をガキ呼ばわりとか」

「ババア呼ばわりしているお前も大概だぞ」


 個人的にどっちもどっちだと思う。


「コホン。わかったかい。そういう訳だから、間違っても模擬戦イベントで頑張って勝とうなんて思うんじゃないよ。頭のいいアンタならわかるだろう? 今は負けて、余計なしがらみは外しちまいな。んで、後の学園生活をのびのび楽しめばいい。ちゃんと脳があるんだから、爪は隠しな」


「って言ってるけど? どうするリュクス?」

「……。この事はAチームに?」


「いいや、Aチームには『期待してる。がんばれ』とだけ言ってきたさね。リィラにだけ、こっそり伝えたよ」


「リィラはなんと?」


「あの子は真面目だからね。『私が勝つことでリュクスくんの汚名をそそげるなら』って、苦い顔で言ってたさ」


 リィラに背負わせ過ぎですよ。


 とまぁ。


 ずっと気になっていたチーム分けの真相はわかった。

 学園長なりに俺や王都のことを案じてのことだったというのも。


「で、どうするのリュクス?」


 となりのレオンが問うてくる。


 俺を試すような瞳。


 俺は。


「申し訳ありませんが学園長。俺たちは勝ちます」

「はぁ!?」


 驚く学園長。そして、レオンは満足そうに笑った。


「アンタ……アタシの厚意を……」

「学園長の手を煩わせずとも、噂の真相は自分で突き止めます。手助けは結構」

「……」

「それに、Bチームに入れられたメンバーにだって、負けたくないって気持ちはあるんですよ?」


 しばし、学園長と目線をぶつけ合う。


「たくっ……しょうがないさね。ま、そもそもAチームの天才たちに勝てるとは思わないが……。そういう向こう見ずで生意気なところも、あの男そっくりで可愛いねぇ。アタシはアンタのそういところ、結構好きだよ」キュルルン

「オエエエエエエエエ」

「リュクスー!?」


 学園長は俺たちの背を向け、歩き始めた。

 俺は口を押さえながらその背を見送った。


「模擬戦イベント、せいぜい頑張んな」

「べぇええ! 誰がお前の応援なんて受け取るかババァ~」


 そしてその背にベロベロバーするレオン。

 コイツ……小学生かよ。


「って、ババアの話し相手してたらこんな時間だよ!? 早くBチームの会議室行こうよ」

「ああ。……と言いたいところだが」

「ところだが?」

「悪いレオン。ちょっと俺、保健室行って胃薬貰ってくるわ」

「リュクス!?」


 ババアの恋バナwith親父……効果は抜群だった。


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