金貨三千枚の夢魔
「殿下! あの番犬はどこに行ったんです?」
廊下を出るなり、そうガイヤールに詰め寄られてリアムは目を瞬かさせた。
「え? 番犬?」
「ケインですよ。ケイン。あの状態のエリアス様のこと放置して、なにやってるんですか? あの駄犬」
「あの状態ってどういうこと? ケインさんならフィリーベルグからきた親戚の対応をさせてるって言ってたけど」
言葉の端々に危機感を漂わせるガイヤールに、リアムの首は傾いだ。
確かにいつもと様子が違うが、病の症状が出ていたあの時と違って話は通じるのだ。
正直、少しやつれて余裕がないだけに見える。そんなリアムの疑問は置いてきぼりに、ガイヤールはただ自分のしたい話を続けた。
「殿下の母上も
早口でさらに捲られて、ついていけない。
「ウィステリア?」
「あっ、すみません。ウィステリアはエリアス様が娼館で使ってた
リアムが頷くと、訳知り顔でヴァンサンは続けた。
「彼が、自身で貯めた身請け金、いくらだと思います?」
そう尋ねられたところで、唐突すぎて頭も回らないし、人一人贖う金額など想像もつかない。
「金貨一枚ぐらい?」
「なわけないでしょ。金貨一枚なんて端金、彼と二日過ごしたら飛びますからね。金貨三〇〇〇枚です」
「三〇〇〇枚?!」
リアムは目をむいた。
十万ターラ、金貨一枚を端金というその感覚もおかしいが、三〇〇〇枚がとんでもない額だ。
この王宮の土地が丸々買えるし、先日キュステ公からの賠償として渡された港の年間収入に近しい。
「驚くのはそこじゃない。ただの三〇〇〇枚なら資産の運用でなんとかなる額です。でも、その時のウィステリアは娼館に囲われる奴隷だったんですよ。館から出られず、私財も持てない囚われた籠の鳥です」
「それってできる事なの?」
「普通なら無理です。けれど、彼はやってのけた」
リアムは静かに息を呑む。アレックスがどういう方法を取ったのか想像がつかない。
「ウィステリアの元に通い詰めた時、何人もの人間に、アレは夢魔だ。ほどほどならば最高に甘い夢を見せてくれるが、入れあげると命を落とす。深入りするなと散々忠告されました。実際、彼が原因で破滅した人間は両手じゃ足りませんし、私も領地を抵当に入れるか悩む程度には資金繰りに苦しみました。密貿易船を拿捕してなんとかしましたけど。おっと、これはディオン君に内緒でお願いしますね」
自虐の笑いとともにさらりともたらされたアレックスの一側面があまりにも彼らしくなくて、リアムは唸った。
情報を鵜呑みにして多忙な母に負担を押し付けたくはないが、無視してはいけない気がする。
「分かった。母上に頼んでみる」
「そうしてください……! お願いしますね!」
頷いたところで、狙いすましたようにドアが開いてアレックスが顔を覗かせた。
「いつまで話をしているんだ? ヴァンサン。駄弁るのはやめて、もう少しこの書類の情報を引っ張って来てくれ」
先ほど渡されていた封筒をひらひらと振ったアレックスにガイヤールが眉を下げる。
「さっきの情報もまあまあ危ない橋を渡っててですね。あの、これ以上はさすがに私でも無理なんれすけろ……」
「それでも、やってくれるんだろ?」
アレックスは普段通りに見える口調と表情でそう言った。
「はい! もちろんですぅ! よろこんで!!」
言ったはずだが、ヴァンサンは二つ返事でそれを受け、リアムの背には怖気が走る。
今日、アレックスに声をかけた時からうっすらとあった違和感が重い粘性の塊に変じた。
「伯父上、すみません。母上に確認したいことができたので席を外します。それとソフィアのところにも寄ってオリヴェルに話を聞きに行く算段も立ててきます。ベルニカ公がもう到着していれば話をしたいこともありますし」
アレックスに許可を取ってリアムは踵を返した。
今となっては、絶対に母を動かしてケインを彼につけないといけないという確信があった。
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