面影

 リアムとテオドールの二人が掴み合い地面を転がり、悪口をわめきながら殴り合っているのを見て、ケインは目を閉じてこめかみを揉んだ。

 これはフィリーベルグのヤンチャどもが六歳ぐらいの時にやる喧嘩だ。

 地下遺構の奥底に自分のため息が響く。

 それも特大の。

 だが、二人とも取っ組み合いに夢中で気づかない。

 地上の惨状と比べるとあまりにも牧歌的で唖然としたが、殺し合いに発展しなかったのは十代として健全だと思うことにする。

 リアムが一発決めたところで、じゃれあう猫の子を引き剥がすように襟首を掴んで、馬乗りになったリアムを地面に投げ置き、次にテオドールの襟首を掴んで立ち上がらせる。


「ヒッ……」


 テオドールはリアムとの事件の罰として赤狼団内で雑用として使われていた。その時関わってはいなかったが、それでもテオドールは特徴的なケインの赤毛と瞳を見てたじろいだ。


「おい、雑用。ジーナ、レジーナはどうした? アッシェンが地下遺構ここに連れていったと聞いた」


「二股をかけて、男に僕を殴らせて逃げた最低女のことなんて知るか!」


 自分に対する恐ろしさよりもレジーナに対する恨みがまさったのか、アレックスを彷彿とさせる顔を歪めてテオドールは吐き捨てる。

 わずかなりとも顔立ちに共通点があるからこそその表情の醜悪さが際立ってケインは眉を顰めた。


「さっきは僕のせいと言ってたよな! 今度はいないレジーナのせいにするのか、この卑怯者!!」


 再び子供の喧嘩を始めそうなリアムに視線を流すと、手を口元にやって噤む意思を見せる。

 それを確認して、ケインはテオドールに向き直った。


「レジーナについて、起こったことだけ、知っている事だけ、話せ。お前のつまらんお気持ち表明を聞いてやるとは言っていない」


「ヒッ! あっ! あの! その! レジーナと同衾しようとしたところを、ジョヴァンニ・ダスティらしき奴に後ろから殴られて……気がついたら、レジーナはいなくなって、いました!!」


 震えながらもなされた告白で、ある程度の状況を把握し、テオドールがそれ以上のことを知らないと判断し、その中に看過しえない情報が混ざっていることにも気がついた。


「同衾? この状況で?」


「あっ、その! 僕たちはずっと思いあってて……! アッシェン先生が協力してくれて」


「ほう?」


 青ざめた顔で脂汗を垂らすテオドールを睥睨し、ちらりとリアムの方を見れば首を横に振っている。


「合意、ではないな」


 返事を待つ必要もない。

 抜剣した瞬間、高く小さな悲鳴と共にテオドールが後ろに倒れた。

 ケインの殺気に耐えきれず昏倒したのだ。

 その胆力のなさと、動かなくなった状態だと似通っている見た目に毒気を抜かれてケインは剣を収め、リアムに尋ねた。


「レジーナについて知ってることは?」


「オリヴェル先生から聞いた話も総合するなら、ジョヴァンニはレジーナを救出し、違う出口から脱出したと思います」


「レジーナもそれなら大丈夫だろう。ダスティは目端が効く」


 ケインはテオドールを肩に担ぎ上げた。


「牢があったな。雑務が片付くまでぶち込んでおく。多分忘れるから覚えておいてくれ」


 扉の開いた牢の中を見るとそこにそぐわない小綺麗な寝台が置いてあった。ここにある用途と理由が明らかで腹立たしい。


「分かりました。この後どうするんですか? ケインさんはレジーナを助けるために来たんでしょう?」


 牢の中で壁に叩きつけたらしき便壷が割れていた。うっすらと汚穢の匂いが漂っているのはそのせいだろう。

ケインは落ちていた縄できっちりとテオドールを縛り上げ、今だに気絶したままの彼を寝台ではなくあえて割れた壺の散らばる床に転がした。


「レジーナの事もあるが、お前を助けにきた」


 リアムは視線を外して頬をかいた。

 テオドール相手に時間を取られるべきではなかったという自覚はありそうなので、それ以上の無粋は避けて尋ねた。


「テオドール相手に少しはわだかまりを吐き出せたか」


「言いたいことは言ったので、その、まあ、すっきりしました。後はけじめをつけさせるだけです。あの……学生会の皆や先生方は……」


「敵の手勢は掃討し、ノーザンバラのナザロフは逃れられない状態で拘束した。教師と学生会の生徒の死亡者で確認できているのはアッシェンだけ。所在確認できていないのが数名といったところだ」


「そう、ですか……」


「全ては守りきれなかったかもしれんが、よくやったよ。お前が危惧するよりもこちらの犠牲者は少ない。オリヴェルとライモンドは相当な重傷だが、あいつらは戦士だ。おそらく助かるだろう」


 罪悪感からか苦しげな表情を浮かべたリアムに、ケインは言ってやった。


「リアム、ソフィアが大学校でお前のことを待っている。彼女は怪我一つなく無事でアレックスと一緒にいる」


 僅かに呆けた表情をしてケインの言葉を咀嚼した後、ひとすじ喜びを見せて慎ましげに笑ったリアムの顔は、彼の産みの母オディリア異父姉ユリアと共に過ごしていた時に浮かべていたそれによく似ていた。

 かつて自分がノーザンバラ帝国によって奪われ、喪ったものを思い出し、ケインはその感傷を振り切るようにリアムの頭を撫で、慰撫するようにぽんぽんと軽く叩く。


「よく頑張った。アレックスとソフィアと大学校で合流する手筈になっている。後処理をガイヤールに任せたら俺たちも大学校に移動しよう。逃げた生徒達の安否も気になるだろう」


 リアムも無事に保護しおおかたの事は片付いた。あとは後始末をしてアレックスと合流するだけだ。

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