美少年は見た(ディオン視点)

 学生会室を飛び出し、食堂でザワークラウト付きの冷めたヴルストと薄切りのライ麦パンを買ったディオンは食事を取れる場所を探して校内を彷徨っていた。


「ディオンくん! 珍しいね。食事をご一緒できるかしら」


 学食からカウントして通算三人目の先輩——

 確か旧ルブガンド王国の伯爵令嬢だ——に声をかけられたディオンは長くカールしたまつ毛を伏せ、鈍色の瞳に憂いの影が落ちるように視線をそらした。


「お声がけありがとうございます。ですが、ボク、今日は一人きりになりたい気分なんです……。校長と喧嘩をしてしまって。どこかいい場所をご存知ないですか?」


「学園の冬の庭は冬枯れを美しく見せるための庭だから、寒いのは寒いけれど落ち着いて楽しめるように風除けになっている建物が作られているわ。そこなら過ごせると思うわ。ま、そもそも寒すぎて外に行こうとは思わないけど! だから……」


「ありがとうございます」


 親切に伯爵令嬢が教えてくれた。ルブガンドの同じ出身なだけに、父とディオンの確執もよく知っているし同情もしてくれているのだろう。

 その後の誘いは聞こえなかったことにして、そそくさと礼を言って冬の庭に足を向け、茂みを突っ切って廃墟に入ろうとすると楽しげな男女の話し声が聞こえてディオンは咄嗟に建物の影にしゃがみ込んだ。


(レジーナと……あれは?)


 レジーナと同じ華やかな金色の髪、すらりとした鶴の様な立ち姿。自分以上の美貌だから遠目からでもよく分かる。

 テオドールだ。

 ディオンは壁の影を彼らに気取られないように移動して、レジーナ達の死角にあたる場所に座り込んだ。

 そしてヴルストとザワークラウトをパンの上に乗せ、斜めにパンを掴んでかぶりつく。

 邪魔なのでさっさと食べ切ってしまおうの構えである。


『———』


 さすがに会話の中身は聞こえないが、あからさまに親密な様子でテオドールがレジーナにマフラーを巻いてやり、レジーナも嬉しそうに顔を緩めている。

 さらに膝に座らせたり、食べ物を食べさせあったりと明らかに友人というには距離が近い。

 人目も憚らずいちゃついているといっていい。

 いや、こんなところ誰も来ないと思っていて、覗かれているなどとは思ってもいないのだろう。

 自分も覗くつもりはなかったが、行く場所もないし、認められないであろう恋の炎に身を焦がす二人の様子に好奇心が勝ってしまった。

 レジーナは特にいつもと雰囲気が違うなと、ディオンはグレイビーソースのついた指を舐めて、ハンカチで拭き直しながら二人の観察を続けた。

 レジーナがあれほど穏やかに屈託なく表情を出すことが出来る少女だとは思わなかった。

 ジョヴァンニと商売の話で盛り上がっている時は似たような笑顔を見せていたが、普段の表情は取り繕ってはいてもどこか陰鬱な影が差し、人を拒絶する壁を立てているように見えた。

 テオドールの方も、噂に聞くのと随分と違う。

 彼は素行不良に加えて下位貴族との間で問題を起こして王家への信頼を損ねたとして継承権を凍結され、一年生からやり直しをさせられている。

 去年は音に聞こえた傲慢だが華やかな社交家でも、現在の苦行でもするかのような表情で義務を果たす狷介な様子も見えない。

 肩の力が抜けた年なりの青年に見える。

 ディオンは他の生徒会のメンバーと違って二人との関わり合いが薄い。一番近い関係性はレジーナと同じ学生会役員、という程度の部外者である。

 だから、お互いに素であろう屈託のない表情を見せ合うこの二人の様子を純粋に微笑ましく羨ましく思った。

 革の水筒に入れた水を飲んだところで、土を踏む微かな音がしてディオンは廃墟の影からそっとそちらを覗き見た。

 学生会の役員が覗きというのはまあ外聞もよろしくないから見つかりたくなかったが、他にも人がいたのなら確認した方がいいと思ったのだ。

 そしてほとんど足音を立てずに遠ざかる人影と髪の色を見てディオンは首を傾げた。

 教師用の防寒ローブのフードが外れて一瞬見えた白金の髪は学生会室にいたはずのオリヴェルのそれのように見えたからだ。

 この学園の教師で銀や淡い白金のような色味の髪を持っているのはオリヴェルだけだ。

 あの人、ローブなんて着てたことあったか?と、小首を傾げ考え込んだディオンはいつの間にかテオドール達も庭から去っていることに気がついた。

 懐中時計を見ると午後の授業の予鈴がなる時間である。

 ディオンは走って食堂に戻り、皿を返すと教室に走り込んだ。

 その瞬間本鈴が鳴り、午後の授業が始まってディオンはその違和感を忘れ去った。

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