勘のいい男
昼時、学生会室に自分も声が大きいだけに他人の声の大きさに鷹揚なユルゲンすら片耳を押さえるディオンの怒号が響き渡った。
「畑に種を蒔いただけのクセに、父親ヅラするな! だいたいいい年してパパ自称とかキモいんだよ!! 顔を見せんな!」
「反抗期がまだ続いているとは嘆かわしいですね……。パパ、悲しいです」
よよよ、とわざとらしく泣き真似をするヴァンサン・ガイヤール元総督改め、学園校長は息子の怒りを取り合う風でもない。
「だから! そのパパっての止めろって言ってるだろ!」
「パパ呼びはエリアス殿下とレジーナ殿下の関係性をリスペクトした呼称なので、やめませんよ! ディオン君がパパの事をパパって呼んでくれてはじめて本来の姿ですから、早く呼んでください!」
「キモいんだわ! いい年したおっさんがおっさんの追っかけして、家庭も顧みず、領地も放り出してキャッキャしてるのほんと無理!」
「エリアス殿下はおっさんじゃないですよ! 取り消してください!」
「反応するのそこじゃないだろ!」
「そこですよ! 他はまごう事なき事実ですが、エリアス殿下の美しさや佇まいには、年齢だけにフォーカスしたおっさんという呼称はまっったく! 当てはまりませんから!」
「自覚あるならはっきり言ってやる。ボクとアンタの関係は破綻してる! 十年遅いんだよ! 血は繋がってたってボクの親は母様だけだ!」
「生きていればやり直しなんていくらだって出来ます。エリアス殿下に家族を蔑ろにするな、子供を大切にしろとお叱りを受けたんですよ。関係改善しなかったら顔向けできません!」
「やっぱりそれだ! 嫌いだ! 大嫌いだ! 二度とその爬虫類顔見せんな! バカ!」
「語彙力磨いた方がいいですよ。それに、私エリアス殿下の説得と陛下のご命令に応じて学園の校長を拝命しているので、君が望まなくても卒業までの二年間は顔をつき合わせますね。あ、あと私、めげず、しつこく、金払い良くのスタンスでエリアス殿下に認知をいただき、フィリーベルグ公爵にも受け入れいただいて特別な関係を築いていまして。君に対しても同じスタンスでいきますので、何言われても可愛い! って気持ちですから。と言うわけで今日はパパ持参の美味しいお弁当でお昼にしましょう」
「誰が食べるか! アンタと一緒じゃ飯が不味くなるからボクは外で食べる! 勝手にここで殿下達と食べてりゃいい」
「外なんかでご飯食べたら凍死しちゃいますよ。意地張らないでください」
「うるさい!」
机を叩くように立ち上がり、学生会室を出て行ったディオンの背中にリアムは同情の目を向けた。
そして彼の態度に何の痛痒も覚える様子もなく、ライモンドにランチボックスを渡して机に並べさせはじめたヴァンサンに向きなおる。
「ガイヤール、全面的に君が悪いよ」
リアムが言うとガイヤールは小さく肩をすくめる。
「でしょうね。ディオン君もあと十年ぐらいしたら心を開いてくれるでしょうし、長期戦でいきますよ。さ、ランチボックスももったいないので、殿下、ソフィアさん、一緒に食べましょう。先生方もユルゲン君も一緒に。リベルタでのエリアス殿下と私のメモリーを聞かせたくて今日はリベルタ風の弁当を特注してきましたので、特別美味しいですよ」
ガイヤールはどうにも掴み難い。リベルタでは思わなかったが、あのケインに癖が強いと言われていた理由がよく分かるようになってきた。
「そういえば、レジーナ殿下は一緒に食事を取っていないんですか?」
「何度か誘ったんだけど、クラスの友達と食べるって。アネットとかもいるし、レジーナは僕達が卒業した後、あと二年あるから確かにそっちと仲良く過ごした方がいいんじゃないかなと思って」
「アネットさんは教室や食堂で見かけたことがありますが、レジーナ殿下は見かけたことないですよ。てっきりリアム殿下達と召し上がっているのかと」
「あら、別のお友達と中庭や別の場所で食べているのかしら?」
ソフィアの疑問にガイヤールが首を傾げた。
「他に食事の取れる空き教室なんてありましたっけ。レジーナ殿下はエリアス島育ちで外で食事なんてとても出来ないでしょ。リベルタは冬の一番寒い時期でもノイメルシュの一番暑い時より暖かいんですから。リベルタ育ちの殿下が外での食事なんて耐えられるはずがないです。まあ特殊な事情があるなら別ですけど」
確かにリベルタの冬は暖かかった。
花があふれて暖かくて、ずっとここにいたいと思わせる気候だった。その分暑い時期は暑すぎて辛かったが。
「特別な事情……?」
「殿下だって年頃ですからね。身分の合わない恋人とか出来て、どこかでこっそり相引きとかしてる可能性もあるなと。それが変な虫だったら私、監督不行届で殺されてしまいます」
「恋愛は本人の意思だし、ガイヤールは関係ないでしょ。エリアス伯父上はそんなことしないって」
「分かりませんよ。あの人今は大公ですって顔ですましてますけど、レジーナ殿下のことベロベロに甘やかしてますし、そこも良いところなんですけどお腹もちょこっと黒いですし。まあ、あの方の手で死ねるなら無上の悦びなんですが、手を下すのは絶対あの赤毛の狂犬で、あれに殺されたら死んでも死に切れないです」
あ、すみません、ライモンドさん。義理の父上の悪口を言ってしまって。とガイヤールはよく回る口でさらに続ける。
もう誰も彼の語りに嘴を挟めない。独壇場である。
「なので、安心安全の私の息子ディオンとレジーナ殿下に恋人同士になってもらって、あわよくば結婚、私は晴れてエリアス殿下の親族にという素描を描いているんです」
「うわ……まったく政治的な意図もなく王族と姻戚になりたい稀有な人なのに、違う欲望がダダ漏れですごい」
「校長がついてくる時点で、殿下達にとってディオンはとびきりの悪い虫ではなくて?」
「あっ……! 致死の刃が私の柔らかな心の襞にぶっ刺さりですよ。真実が一番鋭い刃なのでやめてください。リアム殿下、ソフィアさん」
ライモンドにどやされながら食器類の支度をしていたオリヴェルが吹き出した。
口こそ挟まなかったが、こちらの会話はしっかりと聞いていたらしい。
「支度も毒見も終わったぞ」
ライモンドに声をかけられて全員が席につき、簡単な祈りの後に食事を始めた。
リアムどころかガイヤール本人もすっかり失念していた。
ガイヤールは小国ヴォラシアを公爵位として残らせ、自身の本命であるエリアスをリベルタで引き当てて囲い、赤狼と呼ばれるケインから機会があったら殺すと思われていたにも関わらず上手く生き延びた。
それは彼の豪運以上に無意識の勘の良さに紐づいていて、今回も良いところを突いていた。
また、その謎の引きの良さを別の形でディオンも持っていたのである。
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