アレックス殿下のファッションチェック
午後になってハーヴィーが、単身トランクいっぱいの荷物と共にやってきた。
「仕事は順調か?」
「アレックスさんがいないので大変ですけど、ケインさんとレジーナさんが手伝ってくれてますし、デイジーさんも手を貸してくれているのでなんとかなってますよ」
アレックスの問いにハーヴィーは屈託のない笑顔で布のサンプルやデザイン画を綴じた冊子を何冊も並べながら答えた。
「デイジーは元気か?」
「相変わらず、子爵夫人になってもあの調子でしたね。社交界の流行も聞いてきました。基本的にパステルカラーにフリルにリボン、チュールにレースといったところでしたね」
そうアレックスとの会話を進めながらハーヴィーは絵姿の描かれた二冊の冊子をリアム達の方へ押しやってきた。
「というわけで夜会用の衣装デザインをまとめた女性用のカタログがこちら、男性用の物がこちらです。ゼロからデザインするとなると年単位でかかりますから今回はこの中で気に入ったデザインを雛形にさらに細かく要望に合わせてカスタマイズしていく形で進めたいと思います」
分からないなりに男性用のカタログを手に取ったリアムに対して、ソフィアはそれを押し戻した。
「お任せします。時間の無駄ですし」
「え?」
「うそでしょ?」
「は??」
リアムもその言葉に驚いたし、ハーヴィーもそう漏らしたが、思わずといった風情で腰を上げたアレックスが首を振って椅子に腰かけ直した。
「ソフィア。見せたい自分を見せるためにも装いはとても大切だよ。これは我が商会で扱う自慢のデザイン、こちらはテキスタイルだ。見てみるといい。これを組み合わせてドレスを作ることに、心は躍らないか?」
アレックスの押しに負けたかのように不承不承、それを開いて目を通したソフィアは、やはりすぐにそれをぱたんと閉じて机に置いた。
「やっぱりその感覚、分からないですわ。そうですね。動きやすそうなやつがいいです」
「今まではどうしてきたの?」
件のパーティーでも私服でもさしてセンスが悪いとかその場にそぐわないと言う事はなかった。
今日着ている服もダークグリーンのストライプのドレスで、少し地味だがよく似合っている。
リアムの問いにソフィアが明快な答えを返した。
「お母様が勧めるものを、『さすがですわ。すてきだと思います。センスありますわ。それでいいです』で乗り切っていました。自分で選べと言われた時は『しいて言えば』で適当に指差せば、母が結局、自分の好みの方を選んでくれますわ」
まさかの母親任せだった。リアムも似たような物だが、王宮に呼んだ仕立て屋の勧めの中から自分で選んではいる。まあ選んだ結果、地味だと揶揄されるのだが。
そんなソフィアの開き直りに呆れを含んでアレックスが唇を曲げた。
「そいつはクソ客に使うさしすせそじゃないか」
「何ですか?それ?」
「娼婦や酌婦の手管の一つだ。さすがですね。知らなかった。素敵ですね。センスありますね。そうなんですか! で会話を繋ぐんだ。一つ一つは褒め言葉だが、相手がこれを頻発しはじめたら面倒な奴と思われているぞ。上手く使えば相手を乗せて会話が弾むからよく考えて使うといい」
「そうなんですか?! さすが、アレックス殿下ですわ! そんな事知りませんでした。素敵だわ!」
分かりやすいソフィアの嫌味にアレックスはにっこりと笑った。
誰もが見惚れる完璧な微笑で普段よりも一オクターブ高い柔らかで丁寧な口調でソフィアにもう一度冊子を渡しながら話しかける。
「おや、私が言ったことをすぐに実行できるなんてソフィア嬢はさすがですね。言葉使いにさえ気をつければ会話のセンスもとても素晴らしい。せっかくだから服装のセンスも伸ばしていきましょう」
「すごい……」
「完全に嫌味を言われているのに誉められているように感じるし、やる気にさせられる?? なんか腹立たしいですわ! 皆これに騙されるのですのね……」
諦めたようにカタログを繰り出したソフィアから、視線をリアムに移したアレックスが尋ねる。
「リアムはどんな服装が相応しいと思う?」
困惑して眉毛を下げると、アレックスは頬の下に指を置いて小首を傾げてみせた。
「では、まず、なぜこの夜会を開くことにしたか考えてみようか?」
つまらなそうにドレスのデザインを見ながらソフィアが口を挟んできた。
「あのクソ汚物に一泡吹かせるためでしょう?」
「それは君達には当てはまるが、何も知らない参加者には関係ないところだね」
「……連合王国の後継者がテオドールではないと皆に知らしめるですか?」
「まあ結果的にはそうなるね。印象付けなくてはいけないのは、他の誰でもない、リアムこそがヴィルヘルムの正統な後継者であることだ。ついでに不本意だが、俺が継承権二位になることも印象付ける。それが成功すれば、結果的に貴族達は従兄弟殿はお呼びでない、と判断するというわけだ」
「正統な後継者に見えるような服装……という事ですか?」
言いたい事は分かるが、何が相応しいのか答えが出ない。
「及第点だ。ヴィルと私とリアムで衣装を合わせる。ヴィルは今、騎士団……銃火器を使用する軽装騎士の肋骨服と呼ばれる服を愛用しているようだね。これを礼装としてアレンジし身につける。どうだい?」
事前に用意させたのだろう。その言葉に合わせてハーヴィーがリアムの前に何枚かのデザイン画を並べた。
「なるほど……じゃあ先ほど渡された冊子は? いらないんじゃ」
「クローゼットを見させてもらったが、どうにも地味がすぎるようだから何枚かついでに見繕おうと思ってね。可愛い甥っ子の為にプレゼントするから費用は心配しないでくれ。ソフィア嬢は必要ないと思っていたが、リアム以上に勉強が必要なようだ。なに、時間はたっぷりある。ファッションを楽しもうじゃないか」
これは今までで一番大変な授業なのではないか……。
嫌な予感に身を震わせ、リアムとソフィアは顔を見合わせた。
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