美味しい食事、膨らむ期待(テオドール視点)

 リベルタに売り払ったリアム達の事がよぎって総督に話しかけに行こうかと身体が動きかけたが、今日の自分は父の付属物だと思い直してテオドールはインテリオ公に礼を取ると再び椅子に腰掛けた。

 新大陸は広いしあの二人にならず者達から逃げだす才覚などあるはずもない。

 頭の隅にこびりついてしまった汚れじみた不安を消していると、侍従が王の入来を告げる。

 全員で立ち上がり臣下の礼を取ると、晩餐室に入って来た従兄弟は鷹揚に頷いて一番上座に座り皆の着席を促した。


「今日はお越しいただき感謝する。我が身内たる五公家の皆と晩餐を共に出来る事を喜ばしく思う」


 王の言葉を合図に、給仕が前菜を運んでくる。

 宮中の料理はあまり美味しくないので、たいして期待もせずに口に運んでテオドールは驚いた。


「おや、料理人が変わりましたな?」


 やはり同じ感想を覚えたらしいインテリオ公爵の問いにヴィルヘルムが社交的な笑みを浮かべて頷いた。


「変わったのは料理人ではなく、レシピだ。ガイヤールがリベルタからレシピを持ち帰ってきた。料理人に作らせたところ美味かったので、皆に振る舞おうと思ったのだ」


「確かに美味い。王宮は飯が不味いからこの晩餐も憂鬱だったんだが、これなら毎日食べに来てやってもいいぞ」


「それは悪い事をしたな。色々あって薄味にしていたんだが、もうやめた。おかげでずいぶんとマシになったぞ。そのせいで腹回りが丸くなった」


 王の冗談に、ベルニカ公爵が二口で前菜を平らげて大声で笑う。下品な田舎娘の父はやはり品がない。


「リベルタ統治領は面白そうなところですな。この料理もそうだが、上質の綿を開発したり甜菜が原料ではない砂糖を作っていると聞きましたよ。ゴールドラッシュも追い風になり、ものすごい勢いで発展を続けていると」


 インテリオ公がガイヤール総督に向かって話しかけた。食事をとる手を止めた下座の男はにこりと笑って頷いた。


「これも王の慧眼の賜物でございます。十五年前、私めを総督に任じていただいた時に裁量をお認めいただきました。そのおかげでリベルタ統治領に揃った優秀で野心的な商人が自由に活動し、加速度的に発展しております。鉱山の排水ポンプの仕組みと古来からある水道を利用してすぐに風呂に湯を張れる仕組みなどが目新しいですね。食事や菓子も面白いものが揃っておりまして、飲料でないショコラを使った焼菓子や東方の木版染めを応用して作られたプリント生地などはあまりこちらでは見かけないかと思います」


 そう言って総督はちらりと長衣の裏地を見せた。そこはこちらではあまり見かけない染めの裏地が張られている。


「ほう、これはいいな」


「興味深いですね。詳しく話を聞きたいわ。総督はリベルタに長く赴任されていましたし、向こうの商人と付き合いがおありでしょう?」


 インテリオ公爵夫人が目を輝かせてガイヤールに尋ねている。

 前菜を口に運びながら、テオドールは父がインテリオ公爵夫妻は新しもの好きだと言っていたのを思い出した。


「オクシデンス商会と懇意にしております。リベルタで手広く商いをしている商会ですので、公爵夫人のご用命にもお応えできるかと思いますよ。彼らも私と一緒にこちらに来ておりますので、必要でしたらご都合の良い時に訪ねるように申しつけますが」


 まるで自分が商会員であるかのように言って眼鏡越しに琥珀色の瞳を細めた総督とインテリオ公爵の話に聞き耳を立てながら食事を進め前菜を食べ終わると、次に出てきたのはコンソメのスープだった。

 それも今までの味のするぬるま湯といった物から、この上なく澄んでいるのに舌が蕩けるような深い味わいのものに変わっている。


「これははじめて味わうコンソメだな……」


 ヴォラシア公もその味に感心したように呟いた。エミーリエの話をしていた時は頑なな印象があったのに、その表情を緩ませているのだから美味しい物は偉大だ。


「南溟産の海亀のコンソメだ。素材を聞いて本当に美味いのか怪しんだのだが、これが本当に美味くてな」


 ヴィルヘルムの鉄面皮が本心からと分かる笑みを浮かべる。彼がこうやって表情を見せるのは珍しい。

 隣に座る父コンラートもそれを見て驚きを浮かべた。


「ヴィル……」


「亀か! ここまで美味くはなかったが、昔食った沼に住む亀も美味かったな。アッチにも覿面で妻と熱い夜を……! っ!!」


 小さな声で何かヴィルヘルムに話しかけようとした父を意図せず遮って、大きな声でベルニカ公が品位に欠ける発言をした。

 だがその途中で言葉を失ってしおしおと海亀のコンソメを飲み始めたのは、どうやらテーブルの下で夫人に足を踏まれたらしい。

 覿面に効く沼亀とやらは気になるが、おおよそこういうところで話す内容ではない。

 さておき、美味い物を出されて不愉快になる人間などおらず、常にない和やかさでコースは進み、先ほど総督がインテリオ公との会話で触れていたチョコレートを使ったデザートがコーヒーと共に供される。

 デザートは言うに及ばず、コーヒーも香りが高く、味わいも深くてテオドールは魅せられた。

 先程まで暗い顔をしていたエミーリエもデザートで顔を綻ばせていて機嫌を直していたから、後々の面倒がなさそうでリベルタの食べ物様々である。

 皆の食事が済んだところで王が口を開いた。


「急な話ではあるが、王位継承権について考え直す必要が出てきた。二ヶ月後に夜会を執り行い、その時に新たな継承順位について話をしたいと思う。準備期間も短く皆には迷惑をかけるが、こちらに招待状を用意したので参加を願いたい。伯爵以上の各貴族にもすでに送付した。王立学園の卒業パーティーについては時期が被るので、王宮での夜会との合同とし、学生は全員招待するものとする。話は以上だ。私は仕事に戻るので、歓談を楽しんでくれ」


 そうして宰相と共に立ち上がった従兄弟はわざわざテオドールの元にやってきて肩を叩き、耳打ちする。


「テオ、親愛なる我が従兄弟殿。学生側の取りまとめと段取りについては任せたぞ。王宮の担当者は後で向かわせる。お前にとっても特別な場になるだろう。二ヶ月後を楽しみに励むと良い」


 それはきっと、リアムを廃嫡して自分を王太子につける話に違いない。

 テオドールは期待に胸を膨らませた。

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