大団円の輪の外で(レジーナの独白)

 これは心温まるべき光景だ。

 遥か遠い南溟の島から帰還した王子と公爵令嬢は、二十年前に死亡したとされていた王兄を連れ帰ってきた。

 わだかまりが全て消えたわけではないにしても実父である王と養父である王兄が和解し、自分と同じように寂しい幼少期を送っていた兄が両親から愛されていた子供だと分かって、涙を流してお互いにすれ違っていた想いを語り確執を埋めている。

 ふわふわの雲のように優しい感動のワンシーン。

 リアム達を売った相手への対処はあるにしても、その原因ともなった長年の膿は出されて不幸は終わり、あとは幸せになるだけの大団円寸前の最終章。

 彼らにとってはおそらくそうだろう。


 だが、自分はその輪に入ることができない。


 謁見の間での父と宰相の態度で自分は招かれざる客なのだと理解した。

 そして、この話し合いの最初、義父アレックスから出た『イリーナとノーザンバラとの共謀』という言葉が大きな棘として突き刺さった。


 イリーナはレジーナの母である。

 そして、ヴィルヘルムの妻でノーザンバラ帝国の皇女であったメルシアの王妃イリーナの事を示す。

 十年前に護衛騎士であったケイン——当時はランスと名乗っていた——と不倫関係を結んで駆け落ちをし、定期船とよばれる大陸間を往復する帆船に乗ってリベルタへとやってくる途中に海賊に攫われた。

 その後海賊は捕まり、母は無事に助け出されたもののアレックスと諍いを起こした末に彼を刺し、揉み合いになった末に返り討ちにあって殺された。


 幼い時ランスも母も部屋にいなくて不安でアレックスの部屋を訪ねた時、血まみれのアレックスにそう説明されて自分はそれを信じた。


 ほんの少し父の面差しのあったアレックスは父よりも優しかったし、リベルタで実母を失ってひとりぼっちの六歳の子供は無条件にアレックスの言葉を飲み込む以外の選択肢を思いつかなかったから。

 その選択は正解だったと思っている。

 その後はずっと幸せに暮らしていた。父としてアレックスは自分の事を育ててくれた。

 物語に出てくるような、優しくて賢くて綺麗な理想のおとうさん。

 だがアレックスは、時折感傷に満ちた瞳で自分を見て、想いを馳せるように遠くに視線を流すことがあった。それが自分によく似た容姿の亡くなった実の娘を想っている時だと知っていた。

 彼が錯乱した時、レジーナの事をレジーナとは呼ばず、必ずユリアと本当の娘の名前で呼ぶから。

 それは小さな穴だが、長い間をかけて深くレジーナの心を穿っていた。

 そして、あの日、総督府にちょっとした用で招かれた時に偶然リアムと出会った。半分だけ血を分けた兄。

 その彼をアレックスは亡くなった妻の名前で呼んだ。

 彼が来てからアレックスはリアムにも意識を向けるようになった。

 レジーナに対する態度は変わらなかったけれど、ふと遠くを見る頻度が増えた。

 レジーナの事を実母も実父も愛してはくれなかった。

 その不安感は子供の頃の記憶が薄れても薄れることはなく、異母兄にアレックスのことも取られるのが怖くて、リアムに酷い態度を取った。

 それでも兄はずっと穏やかで優しい態度を取ってくれ、謁見の間で震えていた自分に行き違いがあったに違いない、話し合えば分かると慰めてくれた。

 その慰めはほんの少し正しかった。

 やはり愛されていないと自分と同じように諦めていた異母兄は真実愛されている子供だったのだから。


 翻って自分はどうだろう。

 ヴィルヘルムの話で、アレックスの家族が死んだのは、自分の母と母の祖国のせいだったと分かった。

 そして父ヴィルヘルムは目的なくリアム以外の子をなさないとベアトリクスに言ったと話していた。

 つまりリアムの異母妹である自分は目的があって作られた子供だという事だ。

 そしてそれがなんなのかは容易に想像がついた。

 ノーザンバラの皇帝を暗殺し、彼の国の侵攻に必要な理由として父は自分を作ったのだ。

 親友ソフィアの故郷ベルニカを蹂躙し滅亡手前まで追い込んだノーザンバラの将軍は、おそらくアレックスを襲った海賊と同じだ。

 あの海賊が処刑される時に、彼は将軍だが賊として不名誉な死を与えるという話を聞いた記憶がある。

 母にも母の祖国にも思い入れはない。そこに思い入れるには母との繋がりは希薄すぎたし、海賊のおじさんは恐ろしかった。クローゼットから引っ張り出された時の恐怖は忘れられない。


 だがそれらを無視してこの温かい輪に入れるほど厚顔でもない。

 だからレジーナはただひたすらに息を殺して、口の端に作り笑いを浮かべて皆の幸せを祝福する顔を作って、その場で空気になるように沈黙を貫いた。

 彼女の心に穿たれた、深いが小さかったはずの穴は今や深淵の大穴となりレジーナの心をすべて飲み込んだ。

 少女はただ、誰よりも愛されたかった。

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