第22話
「……そうか、そうなんだな、あたし死んだのか」
気がついたらあたしは見知らぬ場所にいた。足元は砂浜の様にさらさらとした砂がある。辺りを見渡しても多少の高低差があるくらいで何も無い。
呆然と暫く立ち尽くしていると見覚えのある、制服姿の黒髪の少女が表れる。
「貴様は確か」
「こんにちは、初めまして、かな?ここは、私達の記憶の海」
「記憶の海?」
「そう、私が勝手に呼んでるだけだけどね。砂浜みたいでしょ、ここ」
海と言うにはあまりにもかけ離れた光景だが目の前の少女、瑞穂がそう言うのならそうなのだろう。
それにしても何故あたしはこんな所にいるのだろうか。現実世界のあたしはどうなっているのか。
「あたしは…死んだのか?」
「いいえ、由華音さんはまだ生きている。今は気を失っているだけ」
「そうか、それは良かった。あたしはまだ、やることがあるからな。それとあたしの事は呼び捨てで構わない」
「うん、分かった。それにしても、ふふふ、由華音は可愛い雛子を探さないといけないもんね」
「なっ!そんな事は!」
「隠さなくていいよ、私には筒抜けだから」
何故筒抜けなのか後で尋問するとして。
「私を尋問するの?」
「何故、あたしの考えてる事が」
「さっき言ったじゃない。筒抜けだって」
つまり、ここはあたしと瑞穂の記憶の中なので考えている事や思っている事が記憶として表れて、瑞穂と共有してるって事だ。
「やっと理解してくれたみたいだね」
「あぁ、瑞穂に隠し事は無理だって事にな。それで、雛子を誘拐した犯人、エリーゼのパイロットは誰だ?」
「知ってるくせに、それ聞いちゃう?そうね、私の記憶だとアイリス・ヴィラージュだった気がする」
「アイリス…やはりそうだったか」
確か、前大戦の時、敵側の大将だった気がする。
「油断しないで、エリーゼは砲撃特化だから少々苦戦するかも」
「物知りだな、瑞穂は。でも、あたしはどんな敵にも負けない」
「頼もしいね、由華音。それと、私は知っている事を言っているだけ」
「あたしは青春時代を戦場で過ごしてきたから、色々知っている瑞穂がいるだけで様々な一般常識を得られる」
「一般人の私の記憶でも、由華音の為になるらな喜んで提供するよ」
「感謝する、瑞穂。貴方が居てくれて嬉しいよ」
あたしがそう思っていると空に様々な映像が映し出される。それは見た事のある物から見た事の無い物まで無数に展開している。
「これは…一体…」
「これは、由華音と私の記憶達」
恐らく見た事の無い物が瑞穂の記憶だろう。
「しかし、何故今になって出てきたのだ?」
あたしはずっと疑問だった事を聞いてみる。
「記憶が甦ったのは、そう、由華音が頭をぶつけた時ね」
あの時かと思い出す。
「しばらくは由華音の中で傍観してたけど、タイミングを見て由華音と接触しようと思った」
「それが今か」
「うん、丁度いい機会と思って。ここの紹介もしたいし」
「そうか、しかし、あたしの記憶なんて見ても面白くないだろ?あたし的には全て忘れたいぐらいだ」
「そんな事無いよ?他人の記憶なんて、そうそう見れないし。それに全て忘れたいなんて…由華音にもあるでしょ?忘れたく無い物、覚えておきたい物」
「それは、そうだが」
「人は忘れたい記憶程強く残る。誤りを繰り返さない為に。でも、由華音は、現実逃避したいが為に、私の記憶を無意識に使い、私を演じていた。戦闘では私は得意では無いので本来の性格に戻ってしまう事もあったけど」
あたしはようやく理解した。今まで雛子に二重人格を指摘されてたがそう言う事だったのかと。
つまり戦っている時の性格が本来のあたしだと。でも、その性格のおかげでここまで色んな人と仲良く出来たし、楽しい思い出も出来た。従来のあたしではこうもいかなかっただろう。だから瑞穂には感謝しかない。
「そうだったのか。瑞穂のおかげであたしは幸せな時間を過ごせた。これからも瑞穂の力を貸してくれ」
「私は、由華音の記憶の中でしか生きられない存在だから、由華音の自由にしていいよ」
「ありがとう、私はずっと瑞穂と共に生きる。これまでも、これからも」
私がそう言うと瑞穂はにっこりと笑う。
「でも、これだけは忘れないで。人は他人にはなれない。私の記憶に縛られず、自分らしく、生きていてね」
「あぁ、約束する。ずっと瑞穂の事は忘れない。この
私が笑顔で言うと、瑞穂の姿が消えて、光が広がっていく。
ゆっくり目を開けるとそこには泣きながら私の手を握っているアヤの姿がいた。
「アヤ…」
「っは!ヴァンテージさん!」
アヤは起き上がった私に抱きつく。
「わわ!アヤってば、痛い痛い!」
「由華音、我慢しなさい。アヤはずっとあなたを看病してたのだから」
「アヤ…」
「もう、目覚めないかと思ってました」
無言でアヤの頭を撫でる。するとアヤは嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をする。
「それよりここは?」
「…ここは、ウィンダムの医務室です」
「ウィンダム?基地はどうなったの?雛子は?」
「基地は、ヴァンテージさんが倒れていた間にエリーゼとエクスフェイト、エクラによって壊滅しました。今はホークさんと機体、エルバと生き残った人を乗せてミューンズブリッジシティへ向かっています。雛子さんは…行方不明です」
「え?襲撃があったの?それに行方不明って…」
エリーゼは襲撃するのは分かるがエクラが復活しているのは予想外だ。それにエクスフェイトのパイロットも気になる。もしや、瑞穂の言っていた事とはこの事なのだろうか。雛子も行方不明だし、分からない事だらけだ。
「由華音、あなた2週間寝てたのよ?」
「え?そんなに?」
「それと、あなた、暫くは安静ね」
「うっ、はい」
私の知らない間に色々あったようだがイマに当分安静するようにと言われてしまったので私は、私が眠っていた時の出来事を聞くことに。アヤは私が目覚めるまで休み無く看病して疲労が溜まってるので部屋で休憩しに戻ってもらった 。なのでイマから事情を聞くことにする。
イマによると私が爆風で吹っ飛んだあと、アルテミューナは私達を庇いながら戦っていたために損傷するが、ギリギリの所でエリーゼが撤退したそうだ。そして6日後に襲撃された時、イマはアルテミューナがまだ修理中だったのでフィオレンティーナを使おうとしたが何故か動かなかった為、修理中のアルテミューナで出撃、ホークもエルバで出撃したが、万全じゃないアルテミューナに加えて、サリナが体調不良で、ミナが単独で出撃したが、慣れないエストに苦労してしまい、更に数に押されてしまって壊滅、現在にいたるとのこと。
ウィンダムの医師の診断によると今は熱も下がったが、体は全身打撲に骨折数ヶ所だそうだ。幸い、命には別状無いものの、アヤあんな顔をさせてしまったのは上司失格だ。
「ありがとう、イマさん、いや、ヴァンキッシュ少将」
「由華音、あなた記憶が戻ったの?」
イマが驚いた顔をする。
「記憶が戻った訳じゃない、信じられないと思うけど私、別の人の記憶が混じって、分からなかったのよ」
「なるほど、理解したわ。それと、今は少将でもないし、リーザと呼びなさい」
「えっと、分かりました。リ…リーザさん」
驚かない事に衝撃だがさらに元上司を名前で呼ぶなんて、昔じゃ考えられない。
「で、別の人の記憶って言ってたけど、誰の記憶なの?」
「えーっとね…」
ここで私は迷った。素直にゲーマーだった女子高生とでも言おうか、リーザなら信じそうだし。
「由華音?どうしたの?言えないの?」
「あ、いや、その…何処かの女子高生の記憶…名前は瑞穂って言う…」
「……」
リーザは少しびっくりした顔をしたが直ぐに元の顔になる。
「現役女子高生ねぇ、由華音が言うなら信じるけど」
「あはは…」
実際、私の記憶にあるのだから何とも言えない。しかし、別人の記憶とは言え、技術的な物は機動兵器を除いて何ら変わらない。その為、登場人物、機体の特徴を除いてのアドバンテージはほぼ無いに等しい。
「それで、あなたの今の性格はその女子高生の記憶の影響?」
「うん」
「そう、いい記憶を持ったね」
そこでリーザは穏やかな顔をする。きっと従来の私では友達も大切な物も出来なかっただろう。瑞穂が明るく、社交的な性格で良かったと思う。
「そろそろいい時間ね、私はミューンズブリッジシティに戻るまでブリッジにいるから、何かあったら呼びなさい」
そう言ってリーザは部屋を出ていく。私は本当にエリーゼの手に雛子がいたのか思い出すが吹っ飛ばされた影響か、あやふやになってしまっている。少し私は落ち着かせるため、目を閉じて横になった。
ミューンズブリッジシティにたどり着くと、アブレイズが医務室へやってくる。
「やぁ、僕の由華音、大丈夫かい?雛子がいなくなったって聞いたけど」
「アブレイズさん、相変わらずですね。えぇ、少し寂しいですが、落ち込んではいられません。それと、私はあなたの物になった訳じゃありません」
いつもの男装姿でやってきたアブレイズ、これが似合っているから何とも言えない。
「由華音は相変わらず認めないな。それはそれで構わないけど。一応、こっちでも雛子ちゃんの捜索はしているから、情報があったら報告するよ」
「ありがとうございます」
アブレイズは便りになる反面、困った所は非常にポジティブな所だ。私が困っていると医務室の扉が開き、ホークがやってきた。
「アブレイズ、探しましたよ」
「レイス、せっかくの由華音との再開を邪魔して…」
「はいはい、御託はいいから戻りますよ」
「君が基地を潰さなければ問題無かったんだが」
ホークはばつ悪そうな顔をする一方、アブレイズはしてやったみたいな顔をしている。
「さて、レイスも来たし、戻るかな。由華音が動けない間は僕が守ってあげるから」
そう言ってアブレイズはウインクして出ていく。普通の女性ならときめくだろうが、私は今回が初めてじゃないので何とも思わない。
そして何事もなく2ヶ月半が経ち、過激派の襲撃も無く、私はほぼ完治した。今、私は格納庫のフィオレンティーナの前にいる。フィオレンティーナは私が乗らない間もシャウラがメンテナンスしてくれたおかげでいつでも出撃可能だ。それ故にあの時、何故動かなかったのか疑問だ。
今回、私はその謎とリハビリと言う名のリーザとの模擬戦を兼ねてフィオレンティーナに乗り込む。雛子が行方不明なのでセカンダリーシートは空席のままだ。
(雛子、どこにいるのかしら?もう一度会いたいな)
電源スイッチを押すと機体は問題無く起動し、コンソールには異常を示す表示や警告灯はない。私が確認している間に機体が台座毎動いて、発艦準備が整う。
そして徐々にスラスター出力を上げる。ある程度出力を上げて準備が整うとオペレーターから発艦の射出タイミングを譲渡されたので、私は一気に
巡航速度にするため、スロットルを弱めて
「リーザさん、殺しに来てない?」
高機動戦闘用バックパック、シリウスを付けたアルテミューナの機動力は音速を越えそうな速さだ。私は見失わない様に、レーダーを確認する。
そして、両腕のガトリングで狙い撃つが、アルテミューナは縦横無尽に動き、全て避けられてしまうので追いかけるが、流石に空気抵抗を軽減し、高速機動で一撃離脱を得意とするバックパック、シリウスと反対に低速で近接戦闘が得意だが空気抵抗の大きく、速度が伸びないエールユニットでは速度が桁違いすぎて追い付けない。
追いかけているとアルテミューナは遠くで旋回し、再びビームを撃ってくる。それを回避し、一番接近した時に撃つが、またしても全弾避けられてしまう。
「リーザさんはシリウスの特徴生かして一撃離脱をしてくる。しかし、全速力だと小回りが少々効かない。ならばその隙をつけば…」
そう考え、アルテミューナが旋回している隙を狙うため、必死に食らい付き、旋回タイミングを伺う。そしてアルテミューナが少々離れた所で旋回し始めたので、予測射撃で狙い撃つ。しかし、アルテミューナは変形し、急減速して反転して再び変形する。
「一筋縄では行かないね。流石リーザさん」
そして、アルテミューナは遠くで旋回して此方に向かってくる。それを何回も繰り返しているが、お互いに一向に掠りもしない。
「それにしても、リーザさん、体力ありすぎでしょ」
私は度重なる高速戦闘で既に息が切れそう。暫くフィオレンティーナに乗ってなかったのがここにきて影響が出ているようだ。
リーザさんは私より強いGがかかっているだろうに、いまだに模擬戦を続けようとするリーザさんに脱帽する。
仕方ないので私も体力が続く限り応戦することに。
結局、私の体力が尽きて終了になった。
「由華音、これくらいでダウンするなんて情けないわね」
基地内の休憩所で机に突っ伏している私にリーザさんが辛辣な言葉を投げ掛ける。
「リーザさんが体力ありすぎなんですよ…」
私は言葉を発するのも一苦労なのにリーザさんは私に珈琲を持ってきてくれる。
「これから、昔みたいに厳しくいくわよ」
「えー、病み上がりなんですから軽く…」
「由華音、昔は私の後ををちょこちょこ着いてきて一緒に訓練したのに…」
「それ、いつの時ですか」
私の記憶だとそれはリーザさんの部隊に入隊した頃だったと思うが。
「貴方が私の部下になった時」
「いや、入隊して訓練過程を終了しましたら直ぐにリーザさんの部隊に配属されましたよね?」
「私の部隊で私の後ろをちょこちょこ着いてきた娘は由華音だけよ?」
「リーザさんの部隊で女性なの私しかいなかったような気がしますが」
「あら?そうだっけ?そんな些細な事は覚えてないわ。覚えているのは可愛い少女が必死で付いてくる姿だけよ」
昔は確かにリーザさんの後を着いていった記憶はあるが、あの時は他に女性がリーザさん以外いなかったから着いていっただけで他に深い意味は無い。
「それに、最終的に部隊は私とリーザさんしか残らなかったじゃないですか」
「そうね、生存確率の低い戦地だったからね。貴方が生きていただけで私は嬉しかったから」
「リーザさん…私もリーザさんと生き残れて嬉しかったです」
「でも、生き残ってしまった事で逆に貴方に辛い思いをさせてしまった…」
その時、リーザは申し訳なさそうな顔で此方を見る。
「変わってしまったのね、貴方、色々と。最初は金髪だったのに、あの日から、髪が短く白くなって…」
「私だって好きで白くなったわけじゃないもん。白髪って言われるのがいやだから染めてるだけだし」
「あら、今の髪色でも十分似合ってるわよ?登頂部が少し白いけど」
「え?え?嘘?」
私は慌てて鏡を探すがそんなものはいつも持ち歩いているわけがない。それに確か最近暇な時に染めたハズだ。
「嘘」
「え、リーザさん?」
そう言ったリーザの顔はニヤニヤしている。ラツィオにいた頃は冗談や、嘘な殆ど言わなかったリーザさんが随分と丸くなったと感じる。
「そ、それよりリーザさんは何故あの時、私を庇ったんですか?」
話題を変えるために私は咄嗟に質問する。何となく理由は分かりそうだがあえて聞いてみる事に。
「それはね、由華音の事が大切だったし、あなたなら私の後を引き継げると思ったからよ。それに由華音はまだ若い。未来あるあなたに先に逝かれても後味悪いからね」
やっぱり、私の思っていた通りだと。リーザさんは優しくも厳しい上官だった。
「それが暴漢にあっさりやられたり、訓練でへばったり、どうしてこんな事になっちゃったのかしら」
リーザの本音を聞いて感動的している直後にこの言葉である。どれも事実なので不手際として私の心に突き刺さる。
「ねぇ?教えて、それは記憶のせい?それとも私の教えを忘れちゃったから?」
「えーっと、それは…」
私の背中に冷や汗が流れる。一方でリーザは不適な笑みをしている。これは私を弄んでいる顔だ。かといってずっと迷っていても不味いだろう。考えているとふと、瑞穂の言葉が思い出される。
(由華音は無意識に私の記憶を使って私を演じていた)
「それは、私の意思です!」
「そう言う事にしときましょうか。それより由華音、あなた大分元気になったわね。ここ数日、雛子がいなくなってから暗い顔してばっかだったから」
ここで私は理解する、リーザは私を元気つけるためにジョークや私をからかっていたのだろうと。確かに最近は雛子がいなくなって落ち込んでいたがリーザのおかげで少しは元気が出た。
「ヴァンテージさん、ここにいましたか。それにイマさんも」
後ろから声がしたので私は振り返るとアヤが歩いてくるのが見えた。
「アヤ、もう偽名で呼ばなくていいわよ」
アヤは一瞬驚いた顔をするがすぐに理解したようで呼び方を変える。
「では、姉さん、ヴァンテージさん、アブレイズさんが呼んでいますので」
「アヤ、昔はお姉ちゃんって呼んでくれたのに…」
「そ、それは昔の話じゃないですか!」
そう言えばアヤとリーザって姉妹だったっけ。確かフルネームはアヤ・バムフォード・ヴァンキッシュ、だったかな。姉妹そろってミドルネームが格好いい。名前が日本っぽいのは日本と北欧のハーフだからしょうがない。アヤは日系人っぽいしリーザさんは北欧の人っぽい外見なので名前負けもしていない。
「さ、アブレイズの所に行きましょ、遅れても大丈夫だけど、そろそろ立たないとエコノミー症候群になっちゃう」
そう言ってリーザは抗議するアヤと、思い出にしたってる私を無視し、立ち上がって歩き出す。
「待ってください!リーザさん」
私とアヤは慌てて追いかける。
「早くしないとおいてくわよ」
結局、この後もリーザに振り回される私とアヤだった。
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