第55話 成長

「乗りなさい」



 出口を目指して歩いていると、荷馬車でオーギュストが待っていた。

 やはり気配察知は獣人の得意分野だからか、私達がここにくるのがわかっていたようだ。



 先に荷台に乗り込むと、アーサーをマティスから受け取る。

 ぐったりしているアーサーは、いつもより重く感じた。

 だが幸い毛色はすでに元に戻っている。



「アーサー、もう苦しくない? 何かして欲しい事とかあれば何でも言ってね」



 もう二度とさっきみたいに苦しそうなアーサーは見たくない。

 頬擦りしながら、謁見の間でのアーサーを思い出して涙がにじんでくる。



『主、先ほどから主の我への愛情が伝わってきて、しっかり回復してきているから安心するがよい。むしろかえって調子がよくなりそうな気すら……っ!?』



「アーサー!?」



 神様の庭園から戻る時によく似た光に包まれるアーサー、光の感じから悪い物ではないと思うけど……。

 段々強くなる光に、腕で目を覆って思わず目を閉じる。

 すぐに光が収まったようなので、そろりと腕を下げてアーサーを確認した。



「お、大きくなってる……!」



 いや、確かに普通の犬だったら三カ月したら、それなりに大きくなるはずなのにアーサーは小さいままだった。

 だから成長の仕方が普通と違うのはわかるけど、胴体部分なんて私と同じくらいの大きさになっている。



「へぇ、フェンリルはこんな成長の仕方をするのか」



 マティス達は言葉を失っているが、アルフォンスは興味深そうに眺めている。

 ちなみにオーギュストは変化の瞬間を見逃したと、御者席から悔しがっている声が聞こえてきた。



『ふむ、どうやら主との絆が以前より強固になったおかげで、一段階成長したようだ』



「一段階? 何段階成長するの?」



『三段階だな。今は主と変わらぬ大きさだが、成体のフェンリルは馬よりも大きいのだ。本来であればもっと時間がかかるはずなのだが……、主は我の事がよほど好きなようだな』



 まるでマティス達に自慢するように胸を張るアーサー。



「ふふふっ、そりゃあ……ね」



 将来王妃になりたくないっていうのもあったけど、サミュエル恋愛よりアーサーを選ぶくらいには大切だもの。



「あ……、ご成長お祝い申し上げます!」



 マティスがいきなり初めて会った時のようにひざまずいた。

 やはり長年の教育は簡単には消えないらしい。



「すごいね! アーサーがオイラ達くらい大きくなった! これくらい大きかったら、サキを乗せて走る事もできそうだよね!」



「まだ小さい。この大きさだと不安定」



 リアムとユーゴが楽しそうに話しているけど、馬にすら乗った事ないのに、狼型のアーサーに乗せてもらうのは遠慮したい。

 だけどちょっと大型動物の背中に乗ったり、背もたれにして眠る事に対しての憧れはある。



「ところでこれからどうする? 王都の観光したいって言ってたが、早くこの国を出た方がいいんじゃないか? ヘタするとアーサーを危険視して殺せというやからも出てくるかもしれないぞ」



 御者席のオーギュストがチラリと後ろを振り返りながら言った。



『どうやら我らフェンリルに関する伝承がほとんど残っていないようだな。早々にこの国を出た方がいいだろう。我が自らの意思か、自然死以外の死に方をしたら、この世界が滅びるという事もわかっておらぬようだからな』



 それは私も初耳です。

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