第四章

第40話

第40話


【夢術管理協会/ 後輩side】



「覚悟は出来た?」


古い校舎を見上げていると、隣から煙が漂ってきた。


お世辞にも良い匂いとは言えないヤニの匂い。


俺は先輩を振り返った。

手で煙を払いながら言う。


「こんな時まで吸うんですか」


コンビニの安い煙草を口に咥えて、彼女は腕を組んだ。


「生きて帰れるとは限らないからね。

まぁ意地でも生きて帰って酒飲むけど」


「はぁ」


俺は生返事を返す。


俺の意識は、呑気な先輩よりも自分の腰に下げられた銃に向けられていた。


殺傷能力の高いモデルではないが、歴としたピストル。

もちろん申請はしている。


これは、“獏を殺す”為に携帯を許可された銃だ。


この手で命を奪う為に。


「後輩くん、銃撃てるの?」


おちょくるように、先輩がニヤついた。

その目には、俺はおもちゃに興味を示す子供のように映っているらしい。


「先輩程じゃないですけど、まあまあ撃てます」


標的は一人、夢術の殺傷能力は低い。

その条件ならば問題ない程度には射撃の腕はある。


「まあ、困ったら私の名前を叫べばいいっすよぉ。

これでも私んで」


「……それは、先輩の夢術的な意味ですか」


「そう。

君がどこにいようとも、どんなに感覚を乱されようとも、君が声を上げてくれれば私は駆けつけるよ。

そのためのなんだから。

逆に、後輩くんは自分の夢術を使うことに躊躇わないでね」


俺はその言葉に返答をしない。


……躊躇っている訳じゃない。


俺も先輩も


夢術を持つ者という点で、“アイツ”と何も変わりはしない。


ただその事を思い出すのが、辛いだけだ。


黙っている俺の横で、彼女は煙草を口から離した。


グラウンドに踏みつけられた吸い殻は、その炎を消した。


彼女はどこか遠い目をしながら言う。


「君の夢術は、素晴らしいものだよ。

それこそ誰かと比較しようが無い、君だけの力だ。

……君を守ることができる力だよ」


俺が守られたところで、何になるんですか。


そんな捻くれた言葉は返さなかった。


代わりに、俺は銃を手に取る。


古い校舎の方に向けて歩き出す。


「先輩、俺は先輩のことを信じていますよ。

好きにはなれないけど、先輩なら信じられますよ」


これが俺なりの答えだ。


俺のこの10年を終わりにしよう。


そんな決意を、彼女は笑わなかった。

本気で一緒に悩んでくれた。


俺が獏を殺せなかった時、きっと彼女は俺ごと獏を殺してくれる。


……そう信じていますよ。


「はは、そう言われるとありがたいね」


彼女も自分の銃を手に取った。

少し乾いた笑いだった。


「それじゃあ行こうか、後輩くん」


俺は頷いた。


「はい___」


はい、先輩。


そう言いかけて、やはり止める。


俺はもう一度言いなおした。


「はい、先輩」


北条詩先輩は、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

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