第18話

第18話


気がついた時には、俺は階段に立っていた。


体育館のすぐ横に繋がる階段。

その2階の踊り場。


ふと目を開けると、俺はそこに立っていた。


今さっきまで教室にいた___そのはずだったのに。


「は……?」


思わず喉から漏れる声。

何度目を擦っても、俺がいるのは部室だった。


だがすぐに、俺は肩を叩かれた。


「……よっ」


振り向くと、目の前に盛春の顔があった。


「何なんだよ、これは……」


「夢だよ。

厳密に言うと、楽都の記憶の底」


俺の問いかけに、彼は曖昧に答えた。


「俺の記憶の、底……?」


盛春は頷く。


「そう。

オレの夢術は、“ねむる”。

夢の中に潜ることができる」


彼は段に足の爪先をトントン、と当てた。


……夢術。


俺は恐る恐る尋ねる。


「お前、夢術使えたのか……?」


「そうだよ、ほんの2、3年前からだけど。

……ま、別に楽都に言わなくても良いかなぁって」


「そう言うことは先に言え!」


変なところで抜けている男だ。


俺は思わず叫ぶ。


……その瞬間だった。


「竹花くん」


凛と響く、小さな声。


その声色に、俺の息が止まった。


忘れない。

忘れられない………その声は。


「金花……?」


光の届かない、暗い階段下。


そこに、彼女は立っていた。


「竹花くん」


もう一度、彼女の口元が動く。


見間違いじゃない。

確かに、そこにいたのは金花沙夜子その人だった。


俺は駆け出していた。


自分でも気づかないうちに、階段を駆け降りていた。


彼女のすぐ傍まで走り寄る。


「沙夜子、今まで何処にいたんだよ……!?

探したんだぞ!?

今からでも良いから、早く帰ろう___」


そう言って伸ばした手が___


宙を掻いた。


「……っ」


触れようとした手は、彼女を擦り抜ける。


「どう、して……」


どうして触れることが出来ないんだ?

沙夜子はここにいるのに。


擦り抜けた手を握りしめた。


「言っただろ?

これは楽都の夢だ。

楽都の記憶の、その奥でしかないんだよ」


背後から盛春の声。


「……じゃあなんで」


「なんでって……楽都の様子が、ここ数日おかしいからだよ。

少なくとも、記憶の混乱が見られる。

……一度お前は自分の記憶を見直すべきだ」


彼の声が、遠く思えた。


……違う。


おかしいのは、俺じゃない。


おかしいのは盛春だ。みんなだ。


彼は、この映像は俺の記憶なのだと言う。

この場所は俺の記憶の中で、目の前の沙夜子は俺の記憶の中にある幻想なのだと。


違う。


もしそうなのだとしたら……いや、違う。


これは、


「違う……だって、だって沙夜子は」


「竹花くん」


何度も、沙夜子の声が響く。


丸で壊れたスピーカーから流れるように、彼女の声が。


「竹花くん」


「……沙夜子、は」


俺は目を落とした。


赫。


赫い。


沙夜子が立っていたと思っていたのは、俺の勘違いだった。


今の彼女は、赫い中に寝そべっている。


「竹花くん」


「……お前は、死んでねぇ、よ」


彼女の目は魚のようだった。


割れたメガネが、遠く転がっていた。

そのレンズに付いていたのは、誰のものでもない、沙夜子自身の血。


「お前は死んでない。

死んでねぇよ。

死んでるはずがねぇ」


俺は顔を上げる。


階段の上では、盛春が無表情に俺を見下ろしていた。

……いや、その顔には侮蔑があった。


そうして、彼は俺から目を逸らした。

見るに耐えない。

表情が物語っていた。


「なぁ」


俺の声は震えていた。


「……なぁ、盛春。

金花沙夜子は、死んでない。

____そうだよな?」


___パチン。




諦めたように、盛春が指を鳴らした。

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