第2話
第2話
「時に竹花くん、問題です」
廊下を闊歩する藤先生の後ろを、俺は少し離れて着いていく。
間違ってもこんな奴と同類だと思われたく無い。
間違っても___歩きながら問題出してくるような奴と。
だが、当の本人はその自覚はないのだろう。
構わず俺に問いかける。
「この世界では、普通ではないことが起きます。
人間が火を操れたり、風を操れたり、毒を作れたり___」
薄暗い廊下。
窓から差し込む光は、彼の輪郭をぼやかす。
「___例えば、ここにあるはずのドアがなかったり」
彼は廊下の奥を指し示した。
___そこは、俺たちの部活の部室だった。
その、はずだった。
「……」
だが、ドアがあるはずのところには、ただ単に壁があるだけ。
白い壁が、のっぺりと続くだけだった。
「……それは……」
俺は呟く。
そして、足を早めた。
俺が歩を進めるたびに、廊下の床が凄い速さで後ろに下がっていく。
さっと藤先生の隣を通り越して、俺は壁の前まで一気に進んだ。
徐に上げたのは、右足。
___普通でないことが起きる?
そりゃそうだ。
この世界には、普通なんて存在しない。
逆にあるのは___アブノーマルのみ。
「開け___ろ…っ!」
___
それが、この世界には蔓延る超能力の名だった。
___ガツッ!
足が、確かに壁をすり抜けた。
壁があるはずのところを、少しだけ足が通り過ぎる。
爪先が当たったのは、その壁の先だった。
そこは壁とは確かに違う材質。
俺が良く知る、部室のドアの材質だった。
「……あーあ、今日は早かったかぁ」
次の瞬間には、俺はドアの前に立っていた。
あったはずの壁は消え去り、ドアに俺の蹴りが当たっている。
ガチャリと鍵の回る音。
扉を開けて顔を覗かせたのは、三つ編みで眼鏡の少女だった。
「こんにちは、竹花くん」
ずいっと突き出された顔が、俺のすぐ近くに寄る。
その目に耐えきれず、俺は一歩退いた。
「ったく、お前かよ」
顔を覗かせたのは、俺と同じ学年の少女。
名前を___
中学校どころか、何の巡り合わせか小学校も幼稚園も同じ___いわゆる幼馴染というやつか?
少し上目遣いする癖がある彼女は、いつも通り俺を見上げた後、ドアを全開にした。
途端に開けた視界に映ったのは、ゴタゴタとした実験器具たち。
ビーカーをはじめ、ホールピペットにシャーレ……あと名前がわからないetc。
……それら全て藤先生の私物だ。
「せんぱい、おはようなのだー」
そして、その実験器具の山の向こうから声と手が上がる。
「……ついでに先生も」
付け加えるような声に、藤先生がえぇ、と声を上げた。
「僕はついでなんですかぁ…?」
生徒からの扱いは慣れているはずなのに、おちゃらけて口を尖らせる。
俺はそんな彼を尻目に、実験台を回り込んだ。
机の上のテーマパークと化している実験道具たちが、一部どかされている。
そこに突っ伏すように、一人の少女。
彼女は机に両腕を投げ出し、その間に頬を埋めて居た。
「ちょっと、オトメの顔をジロジロ見るのはアウトなのだよ___アダッ」
挑発的に笑った彼女の頭に、俺は拳骨を落とす。
「てめぇはすぐ
___そう。
先程起こった「あるはずのドアが見えなかった」という現象。
あの原因は、コイツ___1年生の
彼女は夢術者……噛み砕いて言えば、一種の超能力者だった。
その夢術は「感」。
すなわち、「周囲の人間の五感を操る力」だ。
本人曰く、今のところは半径5メートルが限界らしいが……その範囲であれば、
さっきは、俺たちの視覚に干渉して居たんだろう。
触覚までは干渉されてなかったんだろうな、蹴れたし。
___だが、遊びで使って良いほど、その力は弱いものじゃない。
使い方を間違えれば、大事故にだってつながる。
それが夢術だった。
___だが。
困ったことに、非常に厄介なことに。
俺の怒号に、彼女は頬を膨らませる。
「ひっっどーーーーい!
せんぱいに心配される必要ありませーん」
「はぁ?上手いと下手とかの問題じゃ___」
「はぁいはいはいはい、どぉどぉ」
思わず身を乗り出した俺を、藤先生が羽交締めにする。
こいつ……細い割に力強え……!?
つぅか、どこからそんな力出しやがってる!?
俺はその腕を振り解けないまま、ジタバタと暴れた。
「せめてアンタからもなんか言えよ、藤先生!」
「えぇ〜、僕からですか?」
冷や汗一つかくことなく男子中学生を押さえつける藤先生。
そんな彼もまた夢術者の一人だった。
彼の夢術は___
「…騒ぐと毒いれますよ?」
「お前も大概だなっ!?」
俺は思わず叫んだ。
最低な発言をした彼の夢術は「毒」。
大概の毒物なら精製分解できるらしい。
……暗殺者にしか要らねえだろ、この夢術。
少なくとも……少なくともこんな奴に持たせて良い能力ではない。
平気で夢術乱用発言する奴にはな!
「藤先生、そろそろ下ろしてあげてください」
おずおずと紗夜子が言う。
「おや、そうですね」
にこりと笑みを浮かべて、藤先生が手を離した。
やっと地面に足がついた俺は、地面に四つん這いになった。
「何で俺だけこんな目に……」
残念ながら、俺と紗夜子は夢術者ではない。
平々凡々な人間だ。
でももし……もし、夢術をつかえるようになったら。
「覚えてろよ…」
絶対復讐してやるからな……!?
「待ってるのだよー」
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