父あるいは母の面影5

「……なあ」


「なーに、ママ?」


 圭がシャリンのことを見た。

 すると魂の契約を受け入れると思ったのかシャリンが笑顔になる。


「どうして魂の契約なんてしようと思ってるんだ?」


「魂の契約? ……あなた……はぁ」


 ツノの悪魔が魂の契約と聞いて驚いた顔をする。

 親であるツノの悪魔にとっても予想外の話だったらしい。


「……あなたは私の目を見てくれた。ママが綺麗だって言ってくれた私の目」


「……目?」


「うん。ママの目で、真っ直ぐに、見つめてくれた」


 何でそんなことでと思うけれど圭は気づいていなかった。

 ルシファーはともかくダンテとジャンはシャリンと目すら合わせることができていなかった。


 強すぎる悪魔というのはその存在だけで厄災にもなりうる。

 魔力が込められた悪魔の目は見るだけでも相手の恐怖を駆り立て、欲望を掻き立てる。


 弱い悪魔は強い悪魔の目を見ることもできないが人だって同じなのである。

 力を抑えられるのならいいがシャリンはまだ生まれて間もない悪魔で上手く力を抑えることができない。


 強すぎる力は周りから忌避される。

 親であるツノの悪魔ですら時にシャリンから目を逸らすのだ。


 それなのに圭は真っ直ぐにシャリンの目を見て話した。

 キスをした時も圭の目に困惑は浮かんだけれど赤い瞳と見つめ合ったまま恐怖に目を逸らすことはなかった。


 恐怖に目を逸らすことがなかったのはこれまで親であるデルマードだけだった。

 赤い瞳が綺麗だと言ってくれて、いつの間にかいなくなってしまった。


「だからママが気に入った」


 悪魔としては日が浅いシャリンはまだまだ純粋なところがあった。

 目を見つめてくれる圭と一緒にいたい、繋がっていたいとシャリンは思った。


 だから全てを差し出す。

 圭を手に入れるためにはシャリンは何もいとわないのである。


 あるいは圭を手に入れるためには力や物を与えるのではダメなのだと本能的に察したのかもしれない。


「だから私があなたのモノになる」


 ツノの悪魔は呆れ返ったように手を仰いだ。


「ダメなら……」


「ダメなら?」


「あなたの目をほじくり出してネックレスにするわ」


 思わず圭も天を仰ぎそうになった。

 再びシャリンの目にゾワリとする闇が浮かぶ。


 なぜ生きるか死ぬかという二択なのだ。


「説得しようなどと思わん方がいい。あくまでも悪魔、常識で物事を測ろうとすると痛い目を見るぞ」


 ルシファーは愉快そうに笑う。

 どうやら圭が全てを捧げられても困るのでもうちょっと軽い方法はないかと説得するつもりなのを察したようだ。


 しかし悪魔は普通の人と同じには考えられない。

 目を見つめてくれたからと全部を差し出そうとしているぶっ飛んだ悪魔を説得することなど時間の無駄である。


「受け入れてしまえ。それで解決だ」


「簡単に言うけど……」


 圭はチラッとジャンを見る。

 ジャンは反悪魔を掲げる異端審問官である。


 ダンテはまだしも圭は一応ジャンの信頼を受けている。

 悪魔と契約を結んでしまえば終われることになるのではないかと考えた。


「……今回は仕方のないことです。ムラサメがそうするしかないことは分かっているし、悪魔と契約しても悪いことしないのなら手を出さない」


「問題解決だな?」


「…………そうですか」


 あとはもう圭の良心の問題である。

 全てを捧げる魂の契約を受けるにはあまりにも性急すぎる話であると思う。


 たとえ悪魔相手でも騙しているような感じが少しあって罪悪感を覚えてしまうのは圭の生来の性格なのである。


「……分かった。魂の契約を受け入れるよ」


 ただし断れば目ん玉ネックレスである。

 目を取られた後にどうなるかなど想像もしたくない。


 目も命も失いたくない。

 結局最初から話を受け入れるしか選択肢はなかったのである。


「よかった」


 シャリンはパッと笑顔を浮かべる。

 目が人にはありえないような真っ赤なことや黒い翼が生えている他は容姿的には人間と大きく変わらないように圭には思えてしまう。


「ただ条件がある」


「条件?」


 シャリンが首を傾げる。


「その……ママっていうのはやめてくれ」


 せめてパパだろうとは思うけど、パパであっても間違いである。


「ママはママ」


「正確には俺はママじゃないだろ?」


「……確かにそう」


「俺は圭だ」


「ケイ? ……ケイ!」


「そうだ」


 純粋さが故だろうか見た目は大人なのだけど中身は子供っぽい感じがする。


「じゃあ私はケイに全部あげる」


『悪魔シャリンがあなたと魂の契約を結びました!

 シャリンはあなたの魂と一つになり、あなたに従属することになります!』


「…………本当に大丈夫か?」


 かなりあっさりと魂の契約とやらが結ばれてしまった。

 そして現れた表示を見て魂と一つになるとか書いてあっては本当に大丈夫なのかと不安になる。


「シャリン?」


「へへ、ケイ」


 シャリンは圭の腕に自分の腕を絡ませる。


「ふっふっふっモテるな」


「そういえばあなたは何?」


 シャリンは今更ながらルシファーも目を逸らさないことに気づいた。


「私か?」


「私はそうだな……圭の姉のようなものだ」


「姉?」


「そうだ。お姉様と呼ぶがいい」


「分かった。お姉様」


「はっはっ! 素直でよろしい!」


「ルシファー?」


「これぐらいよいじゃろう」


 こうして圭は因縁の相手である悪魔デルマードの子であるシャリンと魂の契約を交わしたのだった。

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