噴き上がる風6

「ぐっ……」


「悪魔の中でも卑劣な奴等め。定められたルールを捻じ曲げ己の私腹を肥やそうとするとは」


「ま、待て……!」


 ジャンが剣を振り上げると悪魔の目に恐怖が浮かぶ。

 悪魔とて死にたいわけではないのだ。


「お、俺を殺したらマモン様がお怒りになられるぞ! お、お前人間だろ! 俺からマモン様に言って元の世界に戻れるように……」


「悪魔の言葉なんかに耳を貸すわけないだろう」


 ジャンは冷たい目をして容赦なく剣を振り下ろした。

 悪魔が頭の先から縦に真っ二つに切り裂かれて地面に倒れる。


「デルジャーグ様がやられた!」


「に、逃げろ!」


 自分より上位の悪魔が倒された。

 槍を持っていた悪魔たちはデルジャーグという悪魔が倒されたのを見て逃げていく。


「追いかけることもない。そんな価値もない情けない奴らだ」


 戦えば弱くて情けないと言い、逃げれば逃げたで情けないという。

 何にしてもマモンの部下である悪魔たちはルシファーにとって情けない存在なのである。


「圭、こう言え」


「俺が?」


「私は大きな声を出すのが苦手なのだ」


「分かりましたよ。……これでこの噴出口はこれまで通り自由に使うことができるようになった!」


 圭は見物していた悪魔たちの方を見向いて手を振り上げる。

 そしてルシファーに言われた通りの言葉を口にする。


「噴出口は誰でも誰でも使えるものだ。身勝手な強欲は許されるべきではない!」


「……そうだ!」


「よくやったぞ!」


「お前たちこそ悪魔の鏡だ!」


 階段が使えなくなり噴出口も封鎖されて苛立っていた悪魔は圭たちが暴れてくれたおかげで気が晴れていた。

 魔王に対しても恐れることもなく立ち向かう傍若無人なその姿は悪魔らしいと称賛されていた。


「なんだ?」


 地面がわずかに揺れ始めた。


「ふむ時が来たな」


「時?」


「圭、こう言え」


「……ここを使うのは自由だが俺たちは先に行かせてもらう! 文句はないな?」


「もちろんだ!」


「先に行ってくれ!」


「ダンテ、ジャン、こちらに」


 ルシファーがダンテとジャンを呼び寄せる。


「それでこれからどうするんだ?」


「風に乗り、上に行く。はるか昔からある伝統の移動方法だ」


 地面の揺れが大きくなっていき、落ちている小石が振動で跳ねる。


「そろそろだな。穴に飛び降りろ」


「えっ、ここに?」


 圭は巨大な穴を覗き込む。

 噴出口は底が見えないほどに深く闇が広がっていて、こんなところに飛び込むなんて正気じゃないと思った。


「ほら、風が来ておろう?」


「風……確かに」


 言われてみて噴出口の中から風が上がってきている事に気づいた。

 ただそれは髪を揺らす程度のそよ風でしかない。


 こんなものではとてもじゃないが上になどいけない。


「ほれ、もう来るぞ」


「おっ……」


「大丈夫か?」


「あ、ありがとう」


 立っているのも難しいほどに揺れが大きくなった。

 噴出口を覗いていてバランスを崩した圭のことをジャンが腕を取って支える。


「早よ、入れ」


「入れったって……」


「もう時間がない。ダンテ」


「はい」


「えっ……」


「なっ、貴様……」


 ルシファーの命令を受けたダンテは圭とジャンのことをドンと押した。

 噴出口の真横に立っていた二人は抵抗することもできずに噴出口に突き落とされた。


 そしてダンテも噴出口に飛び込む。


「うわああああっ!」


 噴出口の中は真っ暗で、圭たちはあっという間に闇に包まれる。


「ふふふ、懐かしいな。風が……来る」


 響いていた振動の音がピタリと止んだ。


「何だ……」


 噴出口の底の方で何か巨大なものが動くような気配を感じ取った。


「口を閉じておれ。死んでしまうかもしれないぞ」


 ルシファーの声が聞こえて、圭は質問したい気持ちを抑えてとりあえず従った。

 次の瞬間噴出口の底から風が吹いた。まるでほんの少しだけ柔らかい壁がぶつかってきたような衝撃に襲われて落ちていた圭の体は上に持ち上げられた。


 一瞬で落ちてきた噴出口から飛び出して圭たちは空高く上がる。

 すると周りが暗くなりゲートを通り抜ける時のような不思議な感覚に包まれた。


 前後不覚に陥り、今自分がどうなっているのかも分からない。


「……へっ?」


 そして気づいたら圭は空から落ちていた。

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