第九章

魔界に堕ち1

「う……」


 圭が目を覚ますとそこは奇妙な世界だった。

 灰色の空に赤い月が浮かんでいる。


 黒っぽい大地が広がっていて枯れた木がまばらに生えている。

 周りを見回すと遠くに巨大な城が見えた。


「何が……」


 圭は頭を振って何が起きたのか思い出そうとする。

 女の子を庇ってどうにか助け出すことに成功した。


 しかしその代わりすごい力で外に引っ張り出されてしまった。

 そのまま抵抗することもできずに転がるようにして圭は黒い魔力に引きずり込まれてしまった。


「あの時確か……」


「ピピ! マスター!」


「フィーネ! それに……ルシファー!?」


 ぼんやりとしているといつもの四足姿のフィーネが圭のところに走ってきた。

 フィーネはルシファー人形を持っていた。


「フィーネが助けてくれたのか?」


「ピピ、ソウ!」


 黒い魔力に吸い込まれる直前にフィーネが飛んできた。

 圭にしがみついたフィーネは形態を変化させて圭の体を包み込んだ。


 金属のカプセルのようになったフィーネに包まれて黒い魔力に突入したのだ。

 ただものすごい振動に襲われてフィーネの中でもみくちゃになった圭はあまりの衝撃に気を失ってしまったのだった。


「何をしてたんだ?」


「コレヒロッテキタ」


「コレなんていうものじゃないぞ」


 コレとはどうやらフィーネが持っているルシファーのことらしい。


「ルシファーもどうしたんだ……足が」


 ルシファーは足が無くなっていた。

 人形なので生々しさはないけれどルシファーが乗り移っていると人形にも思えないので思わず顔をしかめる。


「お主について行こうとしたらこうなったのだ」


 フィーネと同時にルシファーもドームを飛び出していた。

 フィーネのように圭のそばにいようとしたのだけど人形であるルシファーの方が圭よりも軽いために早く吸い込まれてしまった。


 人形の体では力も足りなくて黒い魔力を通る時に足を失ってしまったのである。


「危ないところだったがこやつが見つけてくれてな」


「フィーネエライ!」


「偉いな。助かったよ。……それでここって」


「魔界だ。あるものものはゲヘナと呼び、あるものは地獄、悪魔の国なんて呼ぶものもおる」


 薄々勘づいていたけれど圭は魔界に来てしまっていた。

 魔界の入り口崩壊による流入現象に巻き込まれて魔界のど真ん中に放り出されたのだ。


「……みんなは? みんなは無事なのか?」


「ふむ。おそらくは無事だ」


「おそらく……」


 確定的ではない言い方に圭は渋い顔をする。


「巻き込まれたものもおるようだ。多分それはお主の仲間ではない。確認するまでなんとも言えんがな」


「……ダンテは大丈夫なのか?」


「ダンテもここにおる。まだ生きているのは契約しているから分かっている」


「近くにいるのか?」


「うむ……それなりに近そうだ」


「じゃあまずダンテを探そう」


 聞きたいことはあるけれどダンテがいるというなら先に見つけてから話した方が二度手間がなくていい。

 ダンテの無事も気になるし、この魔界においてダンテの力は必要だ。


「フィーネはいざという時のために服の中に隠れていてくれ」


「リョウカイ!」


 フィーネは圭の装備の裏側に張り付くようにして隠れ、圭はルシファーをそっと抱える。


「どっちに行ったらいい?」


「あっちの方だ」


 圭はルシファーが指差した方向に歩き出す。


「あれ、ベルゼブブの城?」


 圭はチラリと遠くに見える古城に視線を向けた。

 船にあった魔界への入り口ではすでに中で、しかも地下だったので外がこんなものだったとは知らなかった。


 かなり立派な城で、そこに住まうものの力の大きさを圭に感じさせる。


「そうじゃな。はらへり虫の尊大さが現れておる」


「ベルゼブブがこっち来たりしないよね?」


 元の世界でもベルゼブブはとんでもない力を持っていた。

 魔界であれば本気を出せるのだから圭など容易く殺されてしまうだろう。


「安心せい。流入現象に巻き込まれてあちらの世界に出していたはらへり虫の体も崩壊しただろう。つまり今のやつは大きなダメージを負っている。こちらに気付いても来ることはできないだろうて」


「ならよかった」


 ルシファーですら足を失った。

 巨大な体で、しかも戦いによって力を消耗した状態では流入現象を乗り越えることなどできない。


 ハエの体はアザードを元にしていたが多くがベルゼブブの力で作られたものだった。

 流入現象にやられてハエの体が崩壊してしまえばその反動はベルゼブブの本体に返ってくる。


 たとえ圭たちに気づいていても攻撃なんて仕掛けられる状態じゃないし、おそらく気づくとか気づかないとかそんな状態ですらないだろうとルシファーは思っていた。


「他の巻き込まれた人の位置はわかる?」


「魔界にしては異質な力を感じるからな。おおよその位置は分かるぞ」


「じゃあ次に探そうか」


 ルシファーの口振ではダンテ以外にも巻き込まれた人がいそうだった。

 夜滝たちでなさそうなら異端審問官だろう。


 うまく味方にできるか分からないけれど悪魔と戦う力を持っている人たちならこの状況を打破する役に立つかもしれない。

 ダンテが見つかったら次に探してみようと思った。

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