汚れた魔力の天女を止めて9

「闇の魔力よ、侵食せよ」


 チュビダスの体から黒い魔力が噴き出した。

 持てる全ての汚れた魔力を解放したのだ。


 カレンの盾の力とぶつかり合って汚れた魔力が灰色の煙となって消えていく。

 しかし消えるよりもチュビダスから噴き出す魔力の方が勢いが強い。


「貴様ら全員殺してやる! 魔王様に全てを捧げる! たとえ私が捨て駒だとしても!」


 チュビダスの目から黒い血の涙が流れる。

 汚れた魔力を放出するほどに汚れた魔力と盾の力が強くぶつかってチュビダス自身もダメージを受けていた。


「うっ!」


「うゔぅ!」


「これは……辛いねぇ」


「お兄さん! ……波瑠や夜滝まで!」


 チュビダスから噴き出す魔力で盾の範囲内もうっすらと黒く染まり圭を始めとしたみんなが苦しんだ様子で膝をつく。


「くっ……」


 風馬まで強い苦痛を感じて立っていられなくなる。

 その中で唯一何も感じずに困惑しているのがカレンだった。


 盾を直接持っているためかカレンはなんの影響も受けていない。

 D級覚醒者の人はそのまま倒れて気を失い、どうすることもできないカレンはただ見ているしかできなかった。


「おい、イスギスの盾を持った女」


「わ、私か?」


「お前以外いないだろう」


 殴り飛ばされたエスギスがいつの間にかカレンの後ろに立っていた。


「私があいつを止める。お前がトドメを刺すんだ」


「わ、私が?」


「そうだ」


「で、でも……」


「悩んでる場合じゃない! 行くぞ!」


 気づけば圭ですら皮膚が黒く染まり始めている。

 チュビダスは己の持つ魔力を全てをかけて圭たちを殺そうとしている。


 エスギスは剣を拾い上げるとチュビダスに向かう。

 チュビダスに近づくほどに汚れた魔力が濃くなってエスギスの顔に黒く血管が浮かぶ。


 それでもエスギスは歯を食いしばって足を前に出す。


「なぜそこまで戦える!」

 

 振り下ろされた剣をチュビダスは翼で受ける。

 チュビダスのくちばしの端からも黒い血が垂れている。


「私には守るべきものがある! そのためならどれほど苦しく立ってたち上がるのだ!」


 残った腕を補うようにチュビダスは翼を駆使してエスギスの攻撃を防いでいる。


「カレン……これを」


 意識がぼんやりとしてきた圭はカレンに短剣を投げ渡した。


「お兄さん、大丈夫か!」


「チュビダスを倒すんだ……」


「…………分かった!」


 今この場で動けるのはカレンとエスギスしかいない。

 汚れた魔力に効果を発揮するイスギスの短剣ならばカレンでもチュビダスを倒せるかもしれない。


 自分がやらなきゃいけない。

 カレンは短剣を握りしめた。


 戦うエスギスに目を向ける。

 互いに苦痛に顔を歪めながら戦っているけれど今のところ互いに均衡を保っている。


 エスギスはチュビダスの動きを止めると言っていた。

 ここで中途半端に戦いに加わってチュビダスの注意をひいてはいけないとカレンはタイミングを待つ。


「ごぼっ……」


 なんとか戦っていたエスギスが突然口から血を吐き出した。


「ハハハッ、限界のようだな!」


「エスギス!」


 チュビダスの翼が吐血して動きの止まったエスギスの腹を貫いた。

 ガランとエスギスの手から盾が滑り落ちる。


「捉えた……」


 しかしエスギスの目は死んでいなかった。

 自由になった手でチュビダスの翼を掴む。


「ぐあっ!」


 エスギスはチュビダスの胸に剣を突き刺すと燃えるような瞳でチュビダスの濁った目を覗き込む。


「今だ!」


「おりゃああああっ!」


 命をかけてエスギスがチュビダスの動きを止めた。

 やるしかないとカレンがチュビダスに向かって走っていく。


「グッ……放せ!」


「誰が放すか!」


「クソが!」


 チュビダスの方もあまり体に力が入らない。

 エスギスを振り払うこともできず仕方なくエスギスごと覆うようにして翼でカレンの攻撃をガードしようとする。


「はあああっ!」


「ぎゃああ! なんだと!」


「僕もまだ戦えるんですよ……!」


 翼が根本から切り落とされてチュビダスが悲鳴をあげる。

 切り落としたのは風馬。


 A級覚醒者である風馬はみんなが汚れた魔力に蝕まれる中でもなんとか動いてチュビダスの翼を切り裂いたのだ。


「いけ……カレン」


「くらえー!」


 カレンはエスギスが抑えるチュビダスの首に短剣を振り下ろした。


「ぐ……がぁ!」


 短剣がチュビダスの首に深々と突き刺さり、さらにカレンは盾でチュビダスを殴り飛ばした。

 チュビダスは殴られて力なくぶっ飛んでいき、胸から翼が抜けてエスギスもその場に倒れた。


「まだ……まだぁ!」


 チュビダスのすぐそばまで来たせいかカレンも体に汚れた魔力が入り込もうとしてくる不愉快な感覚を覚えていた。

 けれどチュビダスを完全に倒すまで止まれない。


 カレンは再び短剣を振り上げてジャンプし、チュビダスの胸に短剣を突き立てた。


『ヒドゥンピースの条件達成!』


「黒い霧が……」


 カレンの目の前に表示が現れた。

 その瞬間周りを覆っていた黒い霧が一気に晴れていく。


 振り返るとみんなの体から灰色の煙が上がっていて黒くなった皮膚が元の色に戻っていっていた。


「終わった……のか?」


 チュビダスの死体も短剣だけを残してサラサラと崩れて消えていく。

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