愛する人よ、共に逝こう2

「あははっ! これで私もお金……」


「危ない!」


 天井が崩れた瞬間嫌な予感がして圭は叫んだ。


「グッ……何が起きた……」


 降ってきたのはカルヴァンだった。

 山之内の前に着地したカルヴァンは山之内を無視して、エリーナのところに歩いていく。


「や、山之内さん……」


 笑っていた山之内のそのままの表情で固まっていた。


「なんて……ことだ……」


 ずるりと山之内の頭が首からズレた。

 そして床に山之内の頭が落ちる。


 圭たちに衝撃が走った。

 落ちてきた一瞬でカルヴァンは山之内の首を切り裂いていたのである。


「カル……ヴァン」


 少し遅れて山之内の体も地面に倒れた。

 カルヴァンは腹部を刺されて地面に横たわるエリーナの上半身を抱きかかえて起こした。


「泣かないで……」


 カルヴァンの目から涙が流れている。


「あなたはよくやってくれたわ」


 口の端から血を流しながらもエリーナは穏やかな笑みを浮かべてカルヴァンの頬に手を伸ばした。


「エリ……ナ」


「あら……あなたに名前を呼んでもらえるのはいつ以来かしらね」


 ガサガサの声。

 それでもその中にある優しい響きにエリーナも涙を浮かべる。


「お願い、私たちを解放して」


 山之内は戦いにおいても素人だった。

 やるなら急所でもつけばよかったのによりによって急所を外した腹部を突き刺していた。


 このままでは痛いだけ。

 長らく人としての意識もなかったカルヴァンも今はわずかに人間らしさが見えている。


 今が最も終わりにするのにふさわしい時。


「早くしないとカルヴァンはまた暴れ出すわよ」


 北条と互角に戦っていたカルヴァンが再びモンスターとして前に立ちはだかると圭たちでは敵にもならない。


「圭さん……」


「やるしかないんだな?」


 覚悟を決めたように圭が前に出た。


「そう。私たちを倒して、全てを終わらせて」

 

 こうなったら苦しみを引き伸ばすよりここで終わらせてあげる方がいいのかもしれない。

 シークレットクエストが出て、ここまでたどり着いた者の責任がある。


 他にも人にも任せられず、放っておくこともできないのなら自分の手で終わらせるしかない。


「最後に言い残すことはありますか?」


「……ないわ。でも願わくばこんなことをした神に復讐でもしてくれると嬉しいわね」


「……努力します」


「優しいのね。さあ、カルヴァン、行こう」


 エリーナは両手をカルヴァンの頭に添えると抱き寄せて、口づけをした。


「……!」


 圭は高く持ち上げた剣を振り下ろしてカルヴァンの胸に突き立てた。

 そのまま剣の先はカルヴァンの体を突き抜けて、エリーナの胸も貫いた。


「ありがとう、異世界の友よ。あなたの世界に幸運があらんことを……。そして私たちの新たな旅路に幸せが……」


「崩れていく……」


 エリーナとカルヴァンの体がサラサラと崩れ始めた。

 崩れた天井から風が吹き込み、崩れていく二人が一つになるように舞い上がった。


「……村雨さん!」


「北条さん」


「これは……どういうことですか?」


 壊れた天井から北条が入ってきた。

 圭の剣に胸を貫かれて消えていくエリーナとカルヴァンを見て驚いたような顔をしている。


「……俺たちにもよく分かりません」


 うそじゃない。

 今は感情がぐちゃぐちゃだった。


 何が起きたのか説明できるような心情じゃなかった。


「くだらない残酷なゲーム……」


 もしかしたらこのまま圭たちがゲームを止めることに失敗すればエリーナたちのような末路を辿ることもあるのかもしれない。

 エリーナとカルヴァンが完全に崩れて消えて、残されたのは二つの魔石と一本の黒いナイフだった。


「安らかに」


 再び風が吹き込んで二人の崩れた体は寄り添うように空高く吹き上がっていく。

 偽物ではなく、本物と共にカルヴァンも最期を迎えられた。


「……ともかく、これで終わりのようですね」


 何が起きたのかは後で聞いてもいいだろう。

 北条は剣を納めて大きく息を吐き出した。


 今はゲートの攻略に成功して帰れることを喜ぼうと思った。


「圭、大丈夫かい?」


 北条は他の人にゲート攻略が終わったと教えるために天井からまた戻っていった。

 圭はエリーナとカルヴァンの魔石、ナイフを拾い上げた。


「大丈夫かは分からない」


 罪悪感とか悲しみとか重たく沈み込んだ感情が胸に渦巻いている。

 一方でこれでよかったのだと思うし、解放してやることが自分のやるべきことだったと言える。


「私もあれが正しいことだったかは分かんないよ。でも最後……幸せそうだった」


 カレンが見たエリーナは笑っていた。

 胸を剣で貫かれたのに熱のこもった視線でカルヴァンを見つめて、幸せそうな笑みを浮かべていたのである。


「あれでよかったんですよ」


「そうだよ、向こうのお願いだし圭さんがやったあれが一番いい選択だったんだよ」


 みんなして圭を慰める。


「ふふ、みんなありがとう」


 圭もあれを間違った選択だとは思いたくない。

 正しかったのだ。


 あの場で出来た最良の選択だったのだ。

 そう思うことにして、圭は二人が消えていった場所に大きく一礼したのであった。

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