秘密多き塔2
『ゴブリン大王を倒せ』
そう書かれたシークレットの項目は夜滝だけでなく波瑠とカレンにも見えていない。
「シークレットねぇ……」
塔の出入り口前では邪魔になるので少し移動して圭は見えているシークレット項目のことをみんなに説明した。
夜滝は腕を組んで考える。
事前に塔のことは調べて頭に入れてきた。
しかしそうした情報の中にシークレットなるものはなかった。
初めて聞く話である。
しかし圭には特別な目のスキルがあることは夜滝も知っている。
その目で見た時に常人には見えないものが見えていてもおかしくはないと思う。
塔から与えられた試練の他に塔にある何かの秘密を見抜いたのかもしれない。
「それにしてもゴブリン大王か……」
塔の一階は安全地帯だと言われる。
出てくるモンスターは弱くてよほどのことがない限りは危険なことも少ない。
ゴブリン大王はゴブリンたちの中でも強力な支配者となる個体となる。
G級からF級となるゴブリンであるがゴブリン大王はその中でも体が大きく力も強いのでE級相当のモンスターになる。
しかも単体でE級であり周りのゴブリンも一緒に襲いかかってくるために難易度はもう少し上になる。
そんな強さのモンスターが一階で出たことはない。
ゴブリン大王ほどの強さのモンスターが一階にいきなり現れたら大騒ぎになる。
きっと被害も出ることだろう。
「ただゴブリン大王についても聞いたことないねぇ」
しかしゴブリン大王についても夜滝は見た覚えがない。
「まあある程度頭の隅に置いて動こうか」
分からないことを悩みすぎても仕方がない。
最悪圭たちならゴブリン大王にあっても戦えるし逃げることだってできる。
ひとまずシークレットのことは頭の隅に追いやって塔の中を散策することにした。
「あっ、村雨さん!」
「えっ? あっ、シゲさん!」
散策を始めようとした圭に近づいてくる男の人がいた。
遠目では分からなくて何となく見覚えのある顔だと思っていた。
近づいてきて顔をはっきりと見てようやく思い出した。
その人は圭が塔で特別配達人として働いていた時に護衛チームのリーダーであった佐藤重恭であった。
最後に見たのは重恭がヘルカトに殴り飛ばされるところだった。
無事だったかどうかも圭のところには情報が入ってきていなかったので心配していた。
会社の社長はクズだけど重恭は圭にも優しくしてくれた良い人だったのである。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「知り合い?」
「ああ、前の職場の同僚だよ」
「……生きているとは聞いていたが思っていたより元気そうでよかったよ」
「シゲさんもご無事だったようで……」
「無事だったなんていう割には体中骨折して長いこと入院したけどな」
圭と重恭は互いに無事を確認して笑顔を浮かべる。
「お前がクビになったと聞いた時には社長にも抗議しようと思ったのだが……楽しくやっているようだな」
重恭が目覚めた時にはもう全ては終わっていた。
ロクにお見舞いにも社長は来なかったので病室から抗議することもできなかった。
けれど重恭はチラリと夜滝たちのことを見る。
圭は綺麗な女性たちに囲まれている。
特別配達人として働いていた時には表情が固く、暗い雰囲気もあった圭の今の表情は柔らかい。
どことなく自信が溢れていて良い変化があったことは明白であった。
「まあ……あんな社長のところクビになって正解だったかもしれないな。俺みたいな行くとこもないおじさんならともかく村雨さんはまだ若いからな」
「そうですね。今となってはクビになって良かったかもしれません」
「ふふ、いや明るく元気にやってるならよかった。ただこう言っちゃなんだがお前さんが恋しいよ」
「何でですか?」
「新しくトラックの運転手として入ったやつが社長の親戚らしいんだがな……わがままで性格も悪いんだ。護衛チームも召使いのように扱うし……」
「佐藤さーん、いつまでサボってるんですか?」
後ろの方に止まっているトラックの側に立っている苛立った様子の男性が苛立ちを含んだ声で重恭を呼んだ。
圭にも聞かせるようにわざと大きめに声を出している。
「おっと……悪いな。運転手様がご立腹のようだ」
重恭が困ったような顔をして頭をかく。
「とりあえず無事でよかったよ。元気にやれよ」
「ええ、シゲさんも」
「佐藤さーん!」
「ふぅ……じゃあな」
重恭は深いため息をついて戻っていく。
圭はチラリとトラックの側の男のことを見る。
あいつのせいでクビにされたのかと思ってしまうのは仕方ない。
若い兄ちゃんで重恭に対する態度も含めて圭の印象はとてもよろしくはなかった。
「あれが噂のやつかい?」
「そうだね」
「ふぅーん、まああんなのにしがみついていなくてよかったねぇ」
夜滝には何があったのか話してある。
あのワガママ男を入れるために圭を無理矢理クビにしたことも知っている。
ヘルカトにやられて護衛チームも重恭以外入れ替わっている。
ワガママ男は重恭のことを遅いと文句を言っているし雰囲気は良くない。
圭がいた時はまだ雰囲気は良かったのにすっかり違ってしまっていた。
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