悲しみは怒りに

 世の中幸せなことばかりとはいかない。

 死とは生の隣に潜んでいるものでいつどこで誰に襲いかかるのか分からない。


 それは若い、年老いたも関係ない。

 誰であれ死の報を聞きつけて実際に目を開けることのない姿を目にすると悲しく沈んだ気持ちになる。


「叔父さん」


「あ、ああ……圭、すまないな、わざわざ」


 薄暗い部屋の中で缶ビールを片手に中年の男性が項垂れていた。


「蓮のこと……残念です」


「ああ……」


 篠崎蓮しのざきれんという人は圭の数少ない友人だった。

 圭の母方の親戚の叔父さんの息子であり、圭の両親が亡くなった後に叔父は圭を気にかけてくれた人でもあった。


 こうしたところから叔父の息子である蓮と圭は仲が良かった。

 頻繁に連絡を取り合うような関係ではなかったが時に互いの調子を気遣うぐらいには連絡していた。


 そんな蓮が亡くなったと連絡を受けて圭は駆けつけた。

 全部が終わって未だに沈み込んだ顔をしている叔父に声をかけたのである。


「何があったんですか? 話では……通り魔的犯行だって」


 蓮はまだ若い。

 病気などで死ぬような年でもなく健康体であった。


 それなのに蓮は亡くなり、圭がひっそりと人に聞いた話では蓮はいきなり襲われてそのまま道端で亡くなったのだと言われていた。

 本当なら酷い話でやりきれないのも無理はない。


「違う……」


「えっ?」


「通り魔なんかじゃない……」


「どういうことですか?」


 震える声で叔父が答えた。


「あいつは……殺されたんだ。黒月会とかいう奴らに」


「こ、黒月会……」


「そうだ。あいつは黒月会から抜けようして、それで殺されたに違いない……」


 手に持った缶ビールがグシャリと潰れた。


「どういうことなのか事情を聞いてもいいですか?」


「あいつが覚醒者なのはお前も知ってるだろう」


「ええ、もちろん。E級覚醒者で叔父さんのこと、楽にしてやるんだってよく言ってましたよ」


 圭は蓮の顔を思い出す。

 圭よりも年上の蓮は兄のようであり親しい友人でもあった。


 いつか親孝行するんだと良く口にしていた。


「だがE級覚醒者じゃ食っていくにも精一杯だ。とても良い生活なんて出来るもんじゃない」


 圭もそれは分かっている。

 G級、F級ではまず生活出来ず、E級で足掻いてどうにかなる程度だろう。


 親に贅沢させられるのはなかなか厳しいものがあるのが現実である。


「強くなりたい……ってな。そうして黒月会っつうよく分からない組織に入ったんだ」


 悪魔教は力を与えてくれる。

 そんな噂を頼って蓮は黒月会に接近した。


 たまたま知り合いの知り合いにそうした関係者がいて紹介してもらえることになったのだ。


「強くなったみたいでな。喜んでたよ。……でもな、それは最初だけだった。なんだか望まないこともやらされているようであいつは抜けたがってた。間違ってたってな」


 叔父は目頭を押さえる。


「そんな時にあいつが付き合ってた彼女に妊娠が分かったんだ」


 そういえばお腹の大きな女性がいたなと圭は思った。


「本格的に足を洗おうとしていたんだが黒月会の方がそれを許さなかった。あいつはそれでもどうにか抜けようとしたんだ。その直後にこんな事件が……黒月会の仕業に違いない……!」


 あまりに重たい話に圭もどう答えていいのか分からない。


「警察は通り魔だろうとロクに捜査する気もねぇ。圭、俺はどうしたらいい。あいつを失って……これからどう生きたらいいんだ…………」


 堪えきれずに手で目を覆って叔父は泣き出した。

 小刻みに震える背中をただ悲しそうな目で見ていることしかできない。


 いつも明るく気丈な叔父のこんな姿初めて見た。


「すまないな、こんな話聞かされて」


「叔父さん……」


「悔しいが何も出来ることはない……」


「……ありますよ」


「なに?」


「あいつの……蓮の子供、産まれるんですよね?」


「あ、ああ」


「叔父さんの孫です。それにその子にはもう父親はいない。蓮みたいに良い奴に育つにはきっと叔父さんの助けが必要です」


「圭……」


 死んだ蓮にしてやれることはない。

 けれど生きている人間にしてやれることはある。


 蓮の子供が生まれるのだとしたら母親だけで育てるのは大変である。

 向こうの事情も圭は知らないけれど支援は必要だろう。


「蓮だって子供のことは心配してるでしょう。叔父さんが手伝ってくれるなら蓮も安心すると思います」


「…………そうだな。今心細いのは俺じゃなくあの子だな」


「顔拭いてください」


 圭は手を伸ばしてティッシュの箱を取って渡す。


「ありがとう」


 ティッシュを取って涙を拭い鼻をかむ。


「いつかあいつの子にも会いに来てやってくれ。蓮がどんな男だったか教えてやってほしい」


「もちろんです」


「ありがとな、圭。お前がいてくれなきゃまだ泣き続けていたかもしれない」


「叔父さんなら多分俺がいなくても立ち直って同じようにしたと思いますよ」


「そんなことはないさ。それよりお前はどうなんだ? お隣さんだった夜滝ちゃんとは?」


「今も仲良くしてますよ」


「あいつは子供が産まれてから結婚式をするつもりだったらしいからしてないんだ。よかったら俺も呼んでくれよ」


「はは……もちろんです」

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