蛇の行方

「あの……クソ女!」


 カイがコンテナを蹴飛ばした。

 それだけで金属製のコンテナは大きくヘコむ。


「おいおい……大事な商品壊してもらっちゃ困るぜ」


「うるせえ! 殺されてぇのか!」


「ふん、殺してみればいい。そうすればお前さんはこの広い海の上で漂流することになる。それとも船でも壊すか? いくらA級覚醒者といっても大海のど真ん中からどこまで泳げるかな?」


 カイに睨まれても老人は引き下がらない。


「……くそッ!」


 カイがコンテナを殴りつけた。

 再び大きくヘコんだコンテナを見て老人は深くため息をつく。


「三合会の依頼だから受けたが……追加料金が必要だな」


 今カイがいるのは大海原のど真ん中。

 日本から他の国へと荷物を運ぶ船の上であった。


 北条を振り切ったカイはなんとか国を抜け出した。

 老人は船の船長で殺してしまえば航行に支障をきたしてしまうのでそうできなかった。


 北条率いる大和ギルドや覚醒者協会は執拗にカイを追跡した。

 けれどなんとか厳しい監視の目を掻い潜り船に乗り込んだのだがその気分は晴れやかとはいかない。


 痛む肩を押さえてカイは怒りの表情を浮かべる。

 強く掴みすぎて治りかけた傷からまたじわりと血がにじんだ。


「クソックソックソッ!」


 何度もコンテナを殴りつける。

 老人は横目でカイの様子を見ながらあのコンテナはもうダメだなと考えていた。


 カイが怒りを抱えているのは肩の傷が原因であった。

 それなりに大きなケガであり当然カイも治そうと試みた。


 しかし治せなかった。

 C級ヒーラーを頼って傷の治療をさせようとしたのだが他の傷はともかく肩の傷は無理だった。


 なぜならかなみの魔力が残っていたからである。

 カイの魔力を抑えつけて爆発を防いだように傷口に残った魔力がヒーラーの治療を阻んだのである。


 より等級の高いヒーラーならかなみの魔力を押し退けて治療が出来たのだろうがヒーラーはそもそも数が少なく、高い等級のヒーラーはさらに少なくなる。

 表立って探すならともかくこっそりと高い等級のヒーラーと接触するのは楽なことではなかった。


 結果的に回復限界を超えてしまった。

 ヒーラーは上位の人になると斬られた腕も生やすことが出来る。


 けれどヒーラーにも治療ができない場合があり、それが回復限界と言われている。

 ケガをしてから一定時間が経過するとヒーラーの治療が効かなくなるのである。


 C級ヒーラーでは治療できなかった。

 どうにかB級、A級のヒーラーを探したのだが見つけられず、カイの肩は自然に治癒するのを待つしかなくなった。


 大きな穴が空いた肩は非常に痛む。

 治ったとしても傷跡が残ることは避けられない。


 肩が痛むたびにかなみに対しての怒りが込み上げてくる。


「ああなった以上日本にはしばらく入れない……鉄鋼竜の心臓も狙われていると分かった以上馬鹿みたいに持ち続けるはずがない」


 常識的に考えれば手放すか、厳重な警備の下に置かれる。

 何もかも上手くいかない。


「ずいぶん荒れてるわね」


「……この声は、イリーナ」


 老人は驚いた。

 先ほどまでいなかったはずなのにコンテナの上に金髪の美人が座っていたからだ。


 いや、そもそもこの船に女性は乗っていなかった。

 なのにどこから出てきたのか。


 カイから殺気がもれだす。

 息苦しくなるような重たい空気の中でイリーナと呼ばれる女性はくすくすと笑う。


「私の言葉に踊らされてひどいことになったみたいね」


「うるさい……俺は今気が立っているんだ。お前の戯言に付き合ってやるつもりはない」


「あら怖い。でも今のあなたなら私でも軽く勝てそうね」


「クッ……」


 殺気はすごいが顔色が悪い。

 暴れたせいで肩ににじんだ血も目立っている。


 万全な状態でないことは確実である。

 軽薄でバカにしたような態度をとっているイリーナであるがカイはその実力は認めている。


 万全の状態であっても本気で戦えば腕の一本ぐらいは覚悟しなければならない相手になる。


「それよりも何の用だ。こんなところにまで」


「仕事よ」


「仕事だと?」


「そうに決まってるじゃない。誰が好き好んであんたみたいのに会いにくると思って?」


「相変わらずの減らず口だな。こんなケガ人に何をさせるつもりだ」


「いつもの仕事よ。あなたが姿を消したからこっちだって色々探し回ったんだから」


「チッ……分かった。相手は誰だ」


「さあ? これを読んで」


 イリーナは懐からファイルを取り出すとカイの足元に投げた。


「ふふふ、それにしてもジャパンは面白いところね。無敵のオロチ様がこんなことになるんだもの」


「治ったら覚えておけよ」


「あと5分もしたら忘れるわ」


 そういうとイリーナは立ち上がった。


「じゃあ仕事は早めにね」


 緑の魔力が渦巻いてイリーナはふわりと宙に浮いた。

 そしてそのまま飛び去っていく。


「また会いましょ」


「……2度と会いたくないな」


 どうやって船に乗ってきたのか分からなかったが船まで空を飛んできたのだ。

 どれほどの力があったら海を横断できるのか。


 老人はため息をつくと陸地の一切見えない水平線に目を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る