猛るシカと戦って3

 大きく押されはしたものの防げないほど力負けもしていない。

 ボスバイペッドディアはもう一度蹴りつけようとカレンに迫る。


「させないよぅ」


 カレンの目の前まで来たボスバイペッドディアの体が大きく横にズレた。

 夜滝が放った水の塊が脇腹に直撃していた。


「やあっ! クッ!」


 ボスバイペッドディアの体が流れた隙に波瑠が後ろに回り込んでナイフで切りつけるがバイペッドディアよりも毛皮が厚くてナイフが滑ってしまった。

 ここら辺もまだ波瑠も経験不足でダメージを与えられなかった。


 しかしカレンに始まり夜滝、波瑠と連続した攻撃にボスバイペッドディアの注意は完全に分散した。

 誰を狙い、誰を警戒するべきかボスバイペッドディアは判断がつかない。


 混乱の間に圭、佐藤、山田が同時にボスバイペッドディアに切りかかる。


「浅い……!」


 3人それぞれボスバイペッドディアを切り付けたが致命傷となるには少し浅かった。

 思っていたよりも毛皮が硬かったのである。


 体勢を立て直される前に倒してしまいたい。

 波瑠も含めて4人が手負いのボスバイペッドディアにトドメを刺すために追撃しようとする。


「そっちじゃないよ」


 前足をクロスさせて防御しようとしたボスバイペッドディアに4人が切りかかった。

 それぞれ深く切り裂きはしたが致命傷となるところだけはガードした。


 けれど首の裏から水の槍が突き出してきた。

 ニヤリと夜滝が笑った。


「トドメだ!」


 大きく目を見開いて息もできないボスバイペッドディアは放っておいても死にそうであるが倒しきるまで何が起こるか分からないのがモンスターである。

 後ろに倒れたボスバイペッドディアの首に圭が思い切り剣を振り下ろした。


 切り落とされてボスバイペッドディアの首が転がっていく。

 ボスバイペッドディアの体から力が抜けてパタリと動かなくなる。


「や、やった……?」


「ああ、やったぞ」


「やった!」


 少し前までならモンスターを倒すことも怪しかった。

 それが佐藤と山田の協力もあったとはいえゲートのボスモンスターを倒すことに成功した。


 一定以上の実力があると言ってもいい。

 波瑠はパッと喜びを爆発させて圭に抱きついた。


「あっ!」


 しかしすぐに顔を赤くして波瑠は離れる。


「えへへ、私たちも少しは強くなってるかな?」


「そうだな。夜滝ねぇもお疲れ……」


 ジトっとした目をして夜滝が両手を広げる。

 トドメを刺したのは圭であるが決定的な一撃を決めたのは夜滝である。


 褒められるべきは自分だろう、波瑠ズルいと思っているのだ。

 昔からこういうところはあった。


 圭は苦笑いを浮かべて夜滝に応じる。

 ちょっと恥ずかしいけど応じないとすねてしまってひどいことになる。


「スゥー……」


「ニオイ嗅ぐのはヤメテ……」


「良いニオイだよ?」


「そういう問題じゃないよ」


 多少臭いかもとかも気にするけどなんだかニオイを嗅がれるのは恥ずかしい。

 満足げに夜滝は笑顔を浮かべているのでまあいいかと圭は小さくため息をつく。


「カレンさんも思い切ってみたら〜?」


 カレンが少し羨ましそうな目で見ていることに気がついて波瑠がカレンの脇腹をツンツンと指でつつく。


「そ、そんなこと! 私もしてほしいだなんて……」


 ボッとカレンの顔が赤くなる。


「えー? 何をとは言って言ってないのになぁ?」


「あっ、騙したな!」


「うふふ〜! カレンさんが勝手に自爆したんでしょー」


 カレンの方が波瑠よりも年上なのに上手いことからかわれている。

 波瑠のように最初に喜んで抱きついてしまえば話も別なのだけど夜滝のような大胆な要求は流石に難しい。


 からかわれていることに気がついてカレンが波瑠を追いかけるが波瑠の方が速度のステータスははるかに高い。

 少し、いやかなり圭が羨ましいなと佐藤と山田はその様子を眺めていた。


 ボスバイペッドディアを倒してから圭たちの方に流れてくるモンスターはいなかった。

 

「誰だ!」


 ゲートの方が来る人影が見えて山田は剣を抜いた。

 相手はモンスターではなく人間で1人。


 このような状況ではギルドのメンバーであろうがしっかりと相手が確認できるまでは警戒は怠らない。


「あ、あいつ……!」


「お知り合いですか?」


「俺たちを襲った覚醒者です!」


 現れたのはカイであった。

 肩に穴が開いて血を流し、やや顔色は悪くなっているが眼光の鋭さは変わらない。


「お前ら……」


 圭たちは一斉に武器を構える。

 カイの強さは分かっている。


 しかし最初にあった時のような威圧感がない。

 かなり消耗していることは明らかであった。


 それで勝てるとは思わないが大人しくやられるつもりもない。

 カイの目が動いて状況を把握しようとする。


 それほど強そうな相手はいない。

 戦って勝つことは難しくない。


 しかし圭や夜滝が油断ならない粘りを見せることは知っていた。

 変に仕留め損ねて時間がかかるとまずいことになる。


 肩からの出血は止まらずどうにか逃げてきて北条やかなみはカイを探しているはず。


「覚えていろよ……」


 ここで戦闘を始めることは互いのためにならない。

 悔しそうに圭たちを睨みつけてカイは別の方に走っていった。


「はぁっ……」


 カイがいなくなり全員が肩で息をして武器を下した。

 ゲートの中ほどの圧力がなくてもそれでも体が重たくなるような強い力を感じることに変わりはない。


 D級の山田であっても勝てないと死を覚悟するほどだった。


「あなたたち!」


「ギルド長!」


「挨拶はいいわ。こちらに逃げてくる人はいなかった?」


「あちらの方に逃げていきました!」


 少し遅れて北条とかなみが走ってきた。

 山田がカイの逃げた方向を指差すと2人はすぐさまカイを追いかけ始める。


「ん?」


 なぜか走り去る間際、かなみと目があったような気がした圭であった。

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