あなたが欲しい1
後日圭は八重樫工房を訪れた。
臨時休業の張り紙がしてあって慌てて表ではなく裏の玄関に回った。
呼び鈴を鳴らすと憔悴した様子のカレンが姿を見せた。
「大丈夫ですか?」
「お、お兄さん……」
少しだけ怯えた目をしていたカレンは圭を見て安心したように涙ぐんだ。
「すいません……借金取りかと思って……」
「何があったんですか?」
借金の返済期限まで時間もない。
工房の方だってギリギリまで開いておいてお金を少しでも稼ぎたいはずなのに。
何もなく工房を休業するなんて思えない。
「……爺さんが」
「お爺さんが?」
「誰かに……襲われて」
カレンの話によると八重樫工房の工房主の和輝が何者かに襲われたらしい。
買い物に出掛けていた和輝だったのだけど簡単に近所に行って帰ってくるだけなのにいつまで経っても帰ってこない。
警察に連絡しようとしていたら和輝が病院に運ばれたとの連絡が入ってきた。
道端に倒れていたところを発見した近所の人が救急車を呼んでくれたらしい。
体の不調で倒れたのかと思ったがどうやら後ろから襲われて倒れたのだと後から分かった。
スマホも持たない和輝は財布しか所持していなかったがそれも盗まれていない。
通り魔的な物盗りの犯行ではない。
となると思い当たる犯人は1つしかなかった。
「犯人は……借金取りのやつらだ……」
客間に通した圭にお茶を出して悔しそうに唇をかむカレン。
何がそこまで借金取りをかき立てるのか知りもしないが借金を返せる可能性を少しでも減らそうとしている。
「もう期限まで時間ないし……爺さん入院しちゃったから刀匠体験もできない。入院の費用だってかかるし……」
泣きたくない。
でも誰かに話したくて、そして話すと言葉と一緒に抑えていた感情まで漏れ出してきて、涙を抑えられなかった。
「これを」
「ありがとうございます……うちの事情なのにお兄さんには迷惑かけっぱなしで」
圭は用意してきたハンカチをカレンに渡す。
「いいですよ。困った時はお互い様です」
「優しいですね。今日は、なんのご用ですか? 装備品に何か不具合でも? 責任持って整備するって言ったのに、今後整備できなくなっちゃうかもしれないから今のうちにしっかりとやっておきますよ」
涙を拭いて無理して営業スマイルを浮かべようとするカレンの姿は痛々しくすら思える。
「今日は大切な用事があって来ました」
「なんですか?」
圭は持ってきていたアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
パチンと留め金を外してケースを開いた。
そしてクルリと回して中身をカレンに見せる。
「八重樫工房が負っている借金、俺に肩代わりさせてください」
「え……えええっ!?」
アタッシュケースの中には現金。
ブラックマーケットのオークションで得られたお金の一部を現金化して持ってきていた。
あまりに唐突な話でカレンは理解が追いつかない。
「どど、どういうこと……えっ?」
「落ち着いてください、八重樫さん」
「お、落ち着いてなんかいられない話じゃない!」
「まだちゃんと説明もしていないんですから」
「ん、く、わ、分かりました」
カレンはどうにか自分を落ち着けようと湯呑みに手を伸ばした。
けれど手が小刻みに震えて今にもお茶が飛び出していきそうになっている。
まだ熱いはずのお茶を一気に飲み干しても動揺は収まらない。
カレンとしては渡りに船な話。
しかし圭との関係はただのお客でありまだ浅い。
工房にお金を投資してくれるほどの信頼関係など構築されていない。
でもお金さえあればなんとか出来る。
経営的には黒字で時間さえもらえるなら少しずつでも返していけるとは約束できるぐらいではあった。
涙は引っ込み、終わらない思考がカレンの頭の中をグルグルと回る。
圭はあえて口を出さずにカレンが落ち着くまで待つ。
無理に押し進めたっていいのだけど自分の考えを押し付けることはしたくなかった。
「…………何が目的なんでしょうか?」
長いこと考えたけれど理由も分からず圭の提案は受け入れられないと思い至った。
工房を乗っ取るにしても性急すぎるやり方で圭がどうしてこんな提案をしてきたのか考えつかなかった。
「単刀直入に言いますと……あなたが欲しい」
ただし圭が落ち着き払っているなんてことも全くなかったのである。
カレンが話を受けるべきか理由は何かと考えている間に圭も考えていた。
どうすれば怪しさを与えず相手にこの話を受け入れてもらえるか、敵ではなく味方であることを伝えるのか、そしてカレンが覚醒できる可能性があって仲間として引き入れたいと説明するのか。
同じく必死に頭を回転させて緊張していたのだ。
そしてカレンが圭に質問をぶつけたタイミングで圭が考えていたのはいかにカレンに覚醒者のことを伝えて引き入れるかだった。
そのためだろう、圭が発した答えは言葉が足りず、説明不足でなんの答えにもなっていないようなとんでもない内容の返しになってしまった。
「はっ……?」
圭は何を口走ったか自分で理解できておらず、カレンもまた何を言われたのかすぐには理解できなかった。
マズイ、と思った時には徐々に言われたことを理解したカレンの顔が真っ赤になっていっていた。
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