幸運なのか、不幸なのか
「村雨圭……ダンジョンゲート消失事件の当事者。ブレイキングゲートのモンスター被害者。そして今回の保険金詐欺事件における関係者……」
散らかったデスクの上にファイルを放り投げると女性は深くイスに背中を預け赤い髪をかき上げて大きくため息をついた。
彼女の趣味で赤く染め上げているのではない。
近年では覚醒者において魔力の影響が体に出てきている人が見られ始めた。
といっても体に異常が見られるのではなく多くの場合が魔力の影響で髪の色などが変わってしまうという変化である。
この女性は自身の魔力の影響を受けて髪の毛がほんのりと赤く染まっていた。
本来は艶やかな黒髪で目立つのが嫌で黒く染めたりしたのだけどすぐに赤くなるのでもう諦めて赤髪で生きていくことにした。
今では意外と綺麗で気に入ってすらいる。
デスクに置かれた名札には綾瀬紬と書かれている。
「本当にただのG級覚醒者なのかしら、伊丹薫調査官?」
「間違いはないと思います。事件が起こる前の素行調査、RSIに入った後も覚醒者等級検査を受けています。それに過去の事例でも覚醒者が力を抑えて等級を隠しても下げられるのはおおよそ1つです。下げられたとしてもF級です。
今回逮捕された谷田部忠成はE級です。助けに行った覚醒者たちが少し戦いの様子も見ていたようですがとても谷田部には敵わなかったようなのでE級でもないでしょう」
部屋にはもう1人、伊丹薫がいた。
話題は村雨圭について。
最近短い間に何度も名前が出てくる。
忠成による襲撃後の聞き取りも伊丹が行ったので圭も少し驚いていたぐらいだった。
どの話にも嘘はない。
ちゃんと裏は取れているし事件、事故であり圭自身に非難されるような要素などなかった。
「けれどこれではあまりにも不幸……巻き込まれすぎね」
「ですが綾瀬課長、彼自身には能力もないですし何かに狙われるようなものもない……村雨圭という相手をターゲットにして得られるものなんて調査では何も浮かんでこなかったのですよ?」
「私たちの知らない何かがあるのかもしれない。自ら飛び込んでいっている可能性もあるけれどそれにしては毎回死にかけているものね。何かに狙われている、あるいは村雨圭という人は極端に不幸な体質なのかもしれないわね」
犯罪者であるとかそうしたことを疑っているのではない。
ただここ最近平和で事件などなかったような中で立て続けに起きた事件。
そのどこかに圭が関わっているとあれば見えない可能性でも考えてしまうのである。
しかし公的には圭はただのG級。
さらにはヘルカトの時もブレイキングゲートの時も圭は死にかけた。
忠成との戦いだって後一歩助けが遅ければ死んでいたような戦いだった。
正直なところ何かをするにはあまりにも能力が低く、何かを起こしては自分で死にかけていると考えるのは不自然だった。
だけど圭はRSIで働き始めたばかりで貯金だってあまりない。
狙うにしてもおかしな対象なのである。
危険分子とみなしはしないが奇妙な運命の人であるというのがどうにも綾瀬には引っ掛かっていた。
「まだ何かの事件の当事者になるようでしたら監視の対象にすることも考えましょう。とりあえず要注意人物ということにして処理しましょうか」
「分かりました」
「それと
「はい……調査は続けているのですがまるで作られた人生のように何事もなく。両親はすでに他界、学校は大学まで地元にいたのですが第一次襲撃の時に地元は壊滅して記録が残っていませんでした」
片岡祐介とは現在逃亡中の保険会社の男である。
警察も覚醒者協会も首謀者である片岡を探しているのだが未だに有力な情報を得られていない。
「保険会社に入社してからは真面目で品行方正、仕事ぶりも優秀で1度年間の優秀社員として表彰までされています。けれど一方で片岡のプライベートを知る人はいません。時々退社した後に飲みに行くことはあったそうですが聞き上手で自分のことは話さずに他の人の話を上手く引き出していたようです」
片岡について調べたことを伊丹は説明するがどの話も表面的なことばかりでなんとなく薄気味の悪さも感じる。
「保険会社に残されていた履歴書の住所にも行ってみたのですがそこにあったのは私書箱でした。私書箱の借主の線は警察が追ってくれていますがどうにも結果は良くないようです」
「こうなると村雨さんよりも片岡っていう人の方が謎が多そうね」
「そうかもしれません。今内部ではどこかのスパイだったのではないかと話が出ているほどです」
あまりにクリーンであまりに何も出てこない。
それなのに完璧に姿を消して未だに尻尾すら掴めない。
個人で出来る範囲を超えているのではないか。
もしかしたらどこかの国から送り込まれたスパイであったのでないかなんて警察の人もため息混じりに言っていた。
「ひとまずそちらの調査を優先にお願いします。捕まえられればスパイかどうかも分かるでしょう」
「はい。逮捕した谷田部ですが……」
「し、失礼します! 緊急でお伝えしたいことがありまして」
部屋にノックもしないで若い職員が飛び込んできた。
「どうしたんですか?」
ただ綾瀬は冷静だ。
ドアに近づいてくるよりも前から気配は感じていた。
「谷田部が殺害されました!」
「……なんですって?」
流石にその言葉には綾瀬も驚きを隠すことができなかった。
ーーーーー第一章完
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