幸運の始まり2

 せっかく会えた逸材なのでどうにか縁を持ちたかったけどしどろもどろな言い訳をして名刺を渡すのが圭にはいっぱいいっぱいだった。


「……きっと連絡なんて来ないよな」


 あの名刺だってそこらへんに捨てられるかもしれない。

 ただいくら考えても下手くそなナンパするしか他に方法もない。


 深いため息をついて圭は買い物を再開することにした。

 買い物しながら人のことを覗き見するのはやめておこう。


 一通り必要なものだったり、必要かどうかも分からないけどその場のテンションで買ってしまったものだったりで荷物がいっぱいになった。

 想定していたよりも多かったので贅沢だなと思いつつタクシーを使ってその日は帰ることにした。


 ーーーーー


「はい、もしもし」


 次の日、夜滝の助手として仕事をしているとスマホに連絡があった。

 知らない番号だったけれどとりあえず出てみると若い女性の声だった。


「あの……き、昨日ぶつかった者ですが覚えていますか?」


「あ、ああ。覚えていますよ。……何か問題でもありましたか?」


 相手は昨日買い物中にぶつかってしまった弥生波瑠という女の子であった。

 まさか連絡があるとは思わなくて驚いたけれど悲しいかな、圭に気があって連絡してきたとは考えなかった。


 夜滝がジトーッとした目で圭を見ている。

 あまり知り合いもおらず電話がかかってくることなどない圭に電話がかかってきたことをいぶかしんでいる。


「は、はい……足をちょっと……」


「あっ……そうですか」


 こうしたことは時々起こりうる。

 事故の直後には分からなくても時間が経つと体のどこかが痛くなってくることがある。


 もちろんお近づきになりたい意図もあったけどこうしたこともあり得るから圭は名刺を渡していた。

 圭の不注意でケガをさせてしまったのなら相応のお詫びをしなきゃならない。


「学校が終わった後に会えますか?」


「もちろんです。どこで話しましょうか?」


 デパートがあったところを生活圏と考えるとRSIあるいは家まで来てもらうには少し遠い。

 だからといって学生の子の家を聞き出すのもはばかられる。


「……ええとじゃあファミレスとかでも大丈夫ですか?」


「ええ、そちらの都合が良い場所で大丈夫ですよ」


 そういうことでおそらく波瑠の家からそう遠くないだろうファミレスチェーンを指定された。


「夜滝ねぇ?」


「女性の匂いがする……」


「電話だよ?」


 女の勘とでもいうのか匂いはしないけどなぜ相手が女性なことが分かるのか。


「……むむむむ」


「別にそんなんじゃないよ。今日はちょっと早く上がらせてもらうよ?」


「私の晩御飯はどうする!」


「冷蔵庫に作ってあるやつがあるから好きに食べてよ」


 圭は意外と料理を作るのが好きだ。

 ちょっとお金に余裕も出たし、料理ができないほどに疲れたり用事がある日だってありうる。


 何か買ってくるのも悪くないけどそういう時のために作り置きもしてあった。

 ご飯だって帰る時間ごろに炊き上がるようにセットしてある。


「ぐぬぬ……全部食べてやるからね!」


 まあちゃんと食べてもらえるなら作ってもらった方としてはありがたい。

 ちょぴり機嫌の悪くなった夜滝ともう少し実験をしてから圭は早退をした。


 RSIや家のあるところはどちらかといえば企業の多い場所である。

 そこから電車に乗って住宅地の方に向かう。


 近くに学校とかもある駅前のファミレスに圭は着いた。

 圭が波瑠に電話をしてみるとまだ着いていなかったので先に店内に入って待つことにした。


 もしかしたら親とか連れてきて怒られるかもしれないと思うと少しドキドキしてきた。

 会社に文句言われたらどうしようとか慰謝料請求とかどうしたらとか席についた後の手持ち無沙汰な時間に考えてしまう。


「あっ」


 緊張して頼んだ飲み物をあっという間に飲み干してしまった。

 もう一つ注文しようかと迷っていると波瑠が店に入ってきた。


 わずかに足を引きずっているような、そんな感じに見える。


「足悪くしてるのにわざわざごめんね」


「いえ……こちらこそ」


 申し訳なさそうな顔をして圭の前に波瑠は座った。


「何か注文する?」


「えっ……と」


「ここは俺が払うから」


「じゃ……じゃあ、飲み物とケーキを」


 新しく注文をしていよいよ本題といきたいけどどう切り出していいのか分からなくて圭も波瑠も視線を落として押し黙ってしまう。


「足……大丈夫?」


 電話では正確なことは聞かなかったけど足を痛めてしまったようなことは言っていた。


「…………少し、ひねってしまったのか、後で痛くなってきまして」


「ああ、ごめんなさい」


「そ、そんな! 頭を下げなくても」


 圭は大きくため息をついてテーブルに頭がつきそうなほど深々と頭を下げた。

 思えば真実の目を使おうとしながらさらに商品の場所も探してそれなりの速さでぶつかってしまった。


 完全に自分の不注意であると反省する。

 仕事も上手くいってレベルアップすることも分かって調子に乗っていた。


 ちょうどそのタイミングで注文した品が運ばれてきてしまってまた気まずい空気が流れる。

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