危機的状況3
塔の中に現れたゲートは塔内のどこかに繋がっていることもあって、その場合は助かる可能性もある。
ただし塔の中に繋がっているとしても、帰れるかどうかは繋がっている場所による。
踏破区域と呼ばれる過去に攻略された階層ならまだ希望があるけれど未踏区域ならダンジョンと変わらない。
助からない可能性はひとまず置いておき、踏破区域だと仮定する。
あるいはゲートの外、圭が入ってきた側から助けが来ることもあり得る。
むしろその方が可能性が高いかもしれない。
そうなれば助かる可能性もある。
まだ希望は捨てていなかった圭であったがそう単純には物事はいかない。
トラックの上に着地し、トラックがくの字に真ん中から折れ曲がる。
圭をゲートに放り込んだ張本人、ヘルカトが降ってきたのであった。
石が巻き上げられて飛んできて圭に直撃する。
声を出すと体が痛むので歯を食いしばって我慢して丸まるようにして身を守る。
ベコベコだったトラックはもう使い物にならない完全にゴミと化している。
ヘルカトが来る前に脱出しといてよかったと思ったがそれだってほんの一瞬命が延びたにすぎない。
ヘルカトの目が圭を捉えた。
隠れているわけでもなく、地面に寝転んでいるだけなので見つかるのも無理はない。
圭にゆっくりと近づいてきたヘルカトが首をかしげる。
恐怖も絶望も感じられないと思ったのである。
少し前のトラックにいたときはワーワーと騒いで生に執着していたのに今は悟ったような感情のない目でヘルカトを見ている。
面白くないとヘルカトは思った。
1人を見逃したのはもっとオモチャを呼んできてもらうため。
殺してしまっては次にオモチャが来るのにどれほど時間がかかるか分からないから。
もう1人をわざわざゲートの中に入れたのは少しでも楽しむため。
次のオモチャが来るまでの繋ぎとして圭を選んだ。
悲鳴を上げ命乞いをして楽しませてくれると思っていたのに圭の様子はそんなヘルカトの思惑と違っていた。
「早く殺せよ、クソ野郎」
もうヘルカトに視線を向けることもやめて空を見る。
何をしてもヘルカトが助けてくれることなんてないだろう。
無様に懇願すればほんのわずかな時間見逃してもらえるかもしれないけれど結果は変わらないし惨めに死んでいくのも嫌だ。
ヘルカトの望むように命乞いなんてしてやらない。
赤い空を眺める。
死ぬ前に見る景色としては特殊だけど悪くはないと思えるのだから不思議だ。
あるいは諦めた心境で眺めるからそう見えるのかもしれない
「ギィ!」
ヘルカトが怒りに震える。
ほんのささやかでもくだらない抵抗をされてひどく気分を害した。
一息に殺してやりたい気持ちを抑えてヘルカトはどう殺してやるか考える。
絶対に簡単には殺さない。
命乞いも抵抗しないならなぶり殺しにしてやるとヘルカトは圭を前にして悠長に考え始めた。
「あれは……?」
いつまで経っても苦痛が来ないことに眠くなってきた圭の視界の下に何かが見えた。
それは崖から落ちてきている。
思わず体を起こしかけた圭にヘルカトがようやくこのオモチャが命乞いでもするのかと期待する。
注意が散漫であった。
自身がいた場所が影に覆われてようやくヘルカトが何かが降ってくることに気づいて見上げた。
けれどそれではもう遅かった。
圭の体が一瞬浮き上がるほどの衝撃。
圭からほんの数十センチという所に巨大なモンスターが降ってきた。
「は、はははっ、ざまあみろ」
思わず笑いがこぼれる。
ヘルカトの頭にぶつかるように落ちてきたそれはそのままヘルカトを地面に押し倒した。
巻き込まれてヘルカトの上半身は巨大なモンスターの死体の下敷きになって動かなくなってしまった。
巨大なモンスターの下から覗く下半身はピクリとも動かず、ヘルカトがどうなったのか確認しなくてもわかっている。
「しっかしこれは……」
少し寝転がって休んでいたら体の調子はマシになった。
鈍い痛みは全身に走っているけれど動けはしそうだ。
ヘルカトのか、巨大なモンスターのか分からないけれど血が流れてくるので立ち上がって距離を取る。
落ちてきたモンスターは胸に大きな傷跡があり、あるはずの頭がなかった。
首はあるのできっと頭があったのだろうと思う。
よほどの化け物でなければ頭がなければ死んでいると見ていいので少し安心した。
どのようにして頭がなくなったのかは推測の域を出ないけれど胸の傷は1本で切り口がキレイなのが見て取れる。
爪や牙の類でつけられたものではない。
ほんの少しだけ希望が見えた。
胸の傷を見ると人が武器で傷つけた可能性があると考えたのだ。
ならばここは踏破された階か踏破中の階である可能性があり、現在進行形で攻略している覚醒者がいる。
上手く身を隠してモンスターに見つからなければ人に会えるかもしれない。
圭の顔色がいくらか良くなった。
「他に崖から降りて来る気配はない……」
圭は崖を見上げるが人の気配はない。
戦闘が終わったのか、まだ続いているのか、モンスターの死体は取りに来ないのか、下からでは分からない。
崖上は高く、様子は全く見えない。
上まで相当な高さがあるから戦闘が終わっていてもわざわざ下まで危険を冒してモンスターの死体を取りに来ないのかもしれない。
ふと圭は自分の手にもったナイフに目をやった。
次にモンスターの死体を見る。
取りに来る人がいないモンスターの死体。
他人が討伐したモンスターを勝手に漁るのは本来ご法度な行いだけれど周りにそれを咎める者はいない。
気づいたら痛む体を引きずって行ってモンスターの上に乗り、ナイフを突き立てていた。
安い小さなナイフでは解体も簡単なことではない。
胸から腹まで縦に切り裂いていくがモンスターも以外に硬くて重労働だった。
素材を持ち帰るのは不可能だから狙いは1つ。
モンスターの魔石。
多くの場合魔石は体の中にあるから何度もナイフで切り付けて少しずつ腹を開いていく。
「あった……!」
時間の感覚がないこの空間ではどれほど作業したか分からない。
クタクタになるまで作業してようやく下腹部に手のひら大の魔石を見つけた。
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