第16話 爆弾

 とりあえずカレンは回収できた……。あとは何をすべきだ? っていうか何ができる? とんでもねー武装をしたテロリスト相手に高校生と警備員と受付嬢が何してやれるって言うんだ? 私は必死に考える。ここまで来たんだやるっきゃねぇ! 警察どもはさっきの爆撃で出鼻挫かれたはずだ。立て直すのにしばらく時間がかかる。今テロリストどもに効果的な干渉ができるのは私たちだけ。くっそ、いつまで私みたいな小娘に頑張らせる気なんだよ……! あとで天皇陛下にキスしてもらうからな! 歯磨いとけよ! 

「なぁなぁ、おい」

 私が頭の中で天皇陛下にかわいいペンギンのコップを握らせている頃になってコレキヨが口を開いた。おいおい何だよこっちは今から歯磨きタイムだ。

「おい、あいつら何でこんなことしてるんだ?」

 ったくコレキヨのバカはその説明を最初からしねぇといけねぇのか? 

「何でってあいつらはレラなんとかっつー新薬の開発を邪魔したく……」

「それだけであんな武器持ち出すか?」

「ああ?」

「たったそれだけのことであんな武器持ち出すのかってことだよ」

「……言われてみりゃあそうだな」

「何の話してるんです? ねぇ、何の?」

 カレンが口を挟んでくる。くそっ。その甲高い声、考え事してる時は邪魔なんだよ。

「何の何のってうるせぇな。今このビル乗っ取ってる奴らの目的は何だって話してんだよ」

「まだ分かってないんですか?」

「いや、私の認識じゃ何とかっつー新薬の開発の邪魔をしたいとか何とか……」

「誰から聞きました?」

「テロリスト本人だよ。リーダー格みたいな奴!」

「……そうなんですか?」

 ったく何だこいつ何が言いてぇんだ? こっちは今ぶち切れ寸前まで来てるんだから大人しく……。

「私てっきりあれなのかと思いました」

「あれって何だあれって。ぼやけたことしゃべりやがってお前日本人か?」

 と訊いてこいつ日本人だったわ、と思い至る。私ももうだいぶ頭がおかしくなってきてる。

「あの……その新薬の開発に当たって、最近銀行の方や投資家の方、それから研究者の方とお話をする機会が多いんです。うちの会社」

「ああ、それで?」

 ここまでイライラさせられると一周回ってこいつが愛おしく思えてくる。

「まとまったお金と資材が、今この会社にあります」

 私はカレンの顔を見る。 

「私てっきりそれが目的で犯罪者たちがやってきたのかって……」

 ……よく見りゃあんたかわいいじゃんか! 

「それか? それなのか? あのテロリストどもの狙いってもしかして……」

「新薬がどうこう言っているなら資材の方かもしれません」

 あり得るな、そりゃあ……。

 しかし。コレキヨが黙っちゃいない。

「新薬の開発を邪魔するんじゃなくて新薬の材料そのものを奪うために銃だの爆弾だの持ちだしたってか?」

 コレキヨが呻く。そして首を横に振る。

「非効率的だろ。企業スパイでも雇った方が早い」

「知らねーけどセキュリティくぐるの面倒くせぇからぶっ壊せって考えに至ったんじゃねーか?」

「こんなに注目されてまでそれを盗んで何の得がある? 日本中どころか世界中から見られてるぞ」

 全くもってその通り……その通りなんだが、くそ、イマイチ繋がらねぇ。とにかくあいつらの目的が新薬開発の邪魔だけじゃないことは何となく見えてきたな。

「あいつらの目的が分かりゃ何かできることもあるかもしれねぇが……」

「協力するからお助けくださいってか?」

 コレキヨが笑いながら訊いてくるので私はその顔面をはっ倒したくなった。

「いいか。このテクニックはデートでも使えるからよく覚えとけ」

 私はコレキヨの鼻先に指を近づけて告げた。

「まず、向こうが欲しがっているものを渡す。すると向こうも渡したくなる」

 ハッキングもそうだ。求められた信号に応答する。例えばパスワードを求められたら簡単なのだ。パスさえ分かれば、パスさえ渡せたら中に入れるのだから。一番難攻不落なシステムはこっちが働きかけても何しても反応がない、何も求めてこないシステムだ。

「あいつらが欲しがっているものが分かれば攻略できる。あいつら何が目的で……」

 と、考えて思いついた。

 私、トランシーバー持ってる。


 持ち物:ハンドガン、パソコン、スマホ、トランシーバー

 進展十二:カレンが仲間に加わった

 プラン四:あいつらの目的を探り直す



「ヘイ、おじさん」

 トランシーバーのボタンを押して呼びかけてみる。数秒後、応答がある。

「何だねお嬢さん。オーバー」

「もう一回話し合いしない? オーバー」

「私の機材を壊した上に仲間を三人も始末しておいてそれはないんじゃないかなお嬢さん。オーバー」

「殺人犯同士仲良くしようよ。オーバー」

「人聞きが悪いな。私がいつ人を殺した。オーバー」

「もしかしてハシバ殺したのあんたじゃないの? オーバー」

「いいや、私だ。オーバー」

 ふざけやがって。遊んでいやがる。それでも私は食い下がる。

「私たち本当は仲良くできると思うんだ。オーバー」

「奇遇だな。私もそうできたら嬉しいと思っていたんだよ。オーバー」

「よしじゃあ決まり。話し合おう。私そっち行こうか? オーバー」

 すると少しの間奴は黙っていた。やがて、応答があった。

「いいや、私としても場を改めたい。オーバー」

「じゃどこで会う? オーバー」

 また少しの間。再びおじさんが返してくる。

「このビルの屋上にヘリポートがあるのはご存知かな。オーバー」

 私はカレンの方を見た。小さく頷いてくる。どうも嘘の情報じゃないらしい。

「そうみたいね。オーバー」

「そこで会おう。十五分後だ。大勢の男の中に女の子が一人というのも怖かろう。私一人で行く。安心したまえ。オーバー」

 私はスマホの時計を見る。現在十九時七分。十五分後。十九時二十二分。

「OK、デートだね。おめかしして行く。オーバー」

「楽しみだ」

 さて、そういうわけで。

 第二次テロリスト面談が、決まった。



 私たちの作戦はこうだ。

 新薬の材料が欲しいにしろ何にしろ、この会社の中で重要な場所に入ろうと思ったらテクニックがいる。ITセキュリティの知識とか、コンピューターの知識とか、ね。

 あっちにもスタスラフがいるみたいだけど、あいつのコンピューターは妨害電波発生装置と一緒にコレキヨがぶっ壊した。今頃あいつはただのもじゃもじゃ頭に成り下がっているに違いない。いや、下手すれば用済みだとおじさんが殺している可能性すらある。パソコンという道具でこちらはアドバンテージを取っているのだ。これを交渉の材料に使う。

 あいつは一人で来ると言ったが、そんな言葉を信じるほど私も馬鹿じゃない。私からは見えないところで誰かが銃を構えているに違いない。

 でもこっちは監視カメラが使える。これで前もってヘリポート周辺の映像を確かめておこう。敵が何人いようと関係ない。どこに誰がいるか分かっていれば「そこにいますよね」と言うだけでおじさんにとっては十分脅威になる。ついでに「私一人で武装した男を三人も仕留められるとお思い?」なんて言えば向こうの心にも疑心が生まれるはずだ。私の側にも誰かがいることを示せればさらなる脅威になるに違いない。

 まぁ、私たちの目的としてはあいつらの目的に探りを入れることなので脅す意味はあまりない。あくまで保険。抑止力として持っておくだけだ。本題は交渉にある。おしゃべりは……苦手じゃない。

 さて。そういうわけで。

「ヘリポート周辺のカメラを覗くぞ」

 監視カメラシステムを利用して周囲を確認する。ヘリポートにあったカメラは四つ。少ねーなぁ。でもないよりマシか。それぞれ見ていく。カメラ一……誰もいない。カメラ二……誰もいない。カメラ三……誰もない。カメラ四……誰もいない? 

「何だこれ、どういうことだ?」

 まさかおじさん本当に一人で来る気か? ナメられたもんだぜ。でもそんなことあるか? 

 そう、思っていた時だった。

「……これ、何でしょう?」

 反応したのはカレンだった。あいつは私のパソコンを覗いてカメラ三の映像を指差していた。

 ヘリポートの下、裏側が覗けるカメラだ。ヘリが着陸する大きな板? の裏面。鉄骨が組まれて着陸面を支えているのだが、そこに気になるものを見つけたようだ。カレンが顔をグッと寄せてくる。

「こんなのあったかな……」

「こんなの?」

 私が訊くとカレンは答えた。

「私、入社時にこのビルの全体を頭に入れるように言われて屋上まで視察に行く研修があったんですけど、その時ヘリポートの裏にこんな機械なかったと思うんです。鉄骨の基礎だけでスカスカだったから」

 と、着陸面の真下を示す。大きな箱が設置されていた。端のところがピカピカ赤く点滅している。するとコレキヨがいきなり口を挟んできた。

「おい、これ知ってるぞ。映画かなんかで見た」

 映画の知識でそこまで自信持てるってお前もなかなか幸せもんだな、と思ったが私はコレキヨの言葉を待った。あいつは続けた。

「これ、爆弾じゃねーか?」

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