5

 それから三日の時が過ぎ、夜が明ける頃。

 予定通りミデンはこれから戦場となる平原に立っていた。その背に金髪の少女を乗せて。


「おいおい、いつの間に子供なんてこさえたんだ? それもこんな仕事場に連れてくるなんて、もっと情操教育とやらを考えろよ」

「どこをどう見たら俺の子供に見えるんだ。似ても似つかないし、俺はそんな年じゃない」


 ミデンを雇った国の陣営内で、ひょうきんな男が周囲から明らかに浮いている少年少女に話しかけた。

 浮いている少年少女とはもちろんミデンとアルカのこと。そして、ひょうきんな男はこのような戦場で何度も顔を合わせている傭兵のディグリスだ。

 傭兵ではあるが国に属している兵士と遜色のない装備を身に着けている。その辺り、表の性格とは違って慎重深い人物でもあるという証拠だ。そうでなければ何度も戦場で生き残れない。軽装備で圧倒的な剣術を用いて生き残っているミデンがむしろ異質なだけで。

 その異質な少年がさらに異質になっていれば、知り合いとして声をかけるのは当然だろう。


「いやあ、まあ何か事情があるのはわかるぜ? それでも子供を背負って戦場に飛び込むってわけじゃないよな?」

「何度も子供子供と。冗談はそのモヒカン頭だけにするんじゃな」


 自慢のモヒカンをアルカに馬鹿にされディグリスは頭を掻く。この場合、素肌の部分をだ。


「まあ、俺たちは仲間でも何でもねえ。ただの雇われた傭兵同士だ。迷惑さえこちらに来なければ口を挟む権利もないが」


 ミデンの実力は折り紙付きだ。それに性格も真面目で決してふざけるような少年ではない。少女をおんぶして、その少女の背中に大剣を背負わせていても、これまでの実績で誰も物申すことはできない。


「もう一ヶ月背負っているんだ。それ用の動き方は把握している。迷惑は掛けない」

「……そうか。じゃあ、隣り合うことがあれば頼りにするぜ」


 何故一ヶ月も少女を背負うはめになったのか、ディグリスは訊ねなかった。ここが場末の酒場なら訊ねていただろうが、これから命のやり取りをする戦場に立っているのだ。個人的興味を押し殺し、モヒカン頭の傭兵は他の兵たちの方へ行ってしまった。


「それにしても陰気臭い場所じゃ。さっさと終わらせて綿菓子を買ってくれ。こんな重い剣を背負わされておるんじゃから三個は買ってもらわんと割に合わん」

「分離させて腰に携えようとも思ったけど長さが合わなかったから我慢してくれ。前に留めて置くと、もしもの時にすぐ抜刀ができない」

「まったく、物騒な世の中じゃ」


 ここにたどり着くまでに、ミデンたちは三度の襲撃に遭っていた。

 二回は馬車での移動中に。一回は徒歩で森の中を歩いている時に。

 この世界『コズモス』は平和とは程遠い世界だ。一部の大国が統治している都市は比較的安全だが、一歩外に出れば野盗に襲われ身ぐるみを剥がされる。小さな国も乱立し土地や権利を巡って争いが絶えない。

 その三度の襲撃も野盗たちのものであり、こうして戦場に出向いたのも小国同士の戦争のためである。しかし、言い換えればそんな世界だからこそ、ミデンのような個人の傭兵も食いはぐれがないのだ。さらに言えば、そんな世界だからこそミデンの故郷は滅びたのだが。


「日が昇ったな。行くとしよう」


 空に青が戻り始めた。それは同時に開戦の合図でもある。ミデンは事前に伝えられていた配置場所へ向かう。


「汝、その飴玉が入った布袋を携えたままだと戦いにくかろう。我が持っておいてやるから寄越せ」


 ビリロの酒場を発つ際にアルカは瓶ごと飴玉を持ってこいと言ったが、さすがにそれは荷物になるので腰に携えれる程度の大きな布袋に飴玉を入れていた。この三日間でかなりの数が消費されたがまだ在庫はある。

 この布袋が邪魔になるとすれば、敵を前にしているのに飴玉を寄越せとせがまれる時だろう。そして、この少女なら平気でそれをやってくる。

 ミデンは何も言わずに布袋を腰から外して、胸の前にあるアルカの手に持たせた。

 そして、手錠を掛けられているというのに器用に飴玉を一粒取り出すと、これまた器用に口に放り込んだ。

 だがその際、手錠の鎖がミデンの首に当たる。下手をすれば締められることが容易に予想できた。その場合の対処法も全て想定した上で戦に挑むことになるが、ミデンの顔に不安の色はなかった。

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