第34話 藤堂の目的

「相変わらず女をはべらせているみたいだな? いい身分じゃねぇかクソ雑魚の分際でよぉ、ええ?」


 私服姿の藤堂は、俺の隣にいるアリアをチラ見して罵っている。


 そのアリアは目の色を変え「貴様……」と突っかかろうとするが、俺が静止を呼びかけ忠実な彼女は「わかりました、ご主人様」と従った。


「な、なんの用だよ……と、藤堂君」


 つい最近まで、こいつに屈して苛められていた俺は久しぶりのコミュ障を見せてしまう。

 あれから自分を変えようと努力しているつもりが、まだ藤堂に対する恐怖が抜け切れていない。


「テメェとの決着をつけにきた。今から俺の指定する場所に来い、西埜ッ!」


「……嫌なんだけど。従う理由もないし」


「ご主人様の言うとおりだ。貴様如き、私だけで十分だ。この場で叩きのめしてやる!」


「ケッ、見てくれだけの番犬女が……そうくると思ったぜ。西埜、言っとくがテメェに拒否権はねぇ! これを見ろ!」


 藤堂は言いながらポケットからスマホを取り出し、ある映像を見せてきた。

 それは白装束を身に纏った集団が、下校中の「琴石 莉穂」を背後から押さえつけて拉致した場面だ。


「莉穂ッ!?」


「つい五分前のことだ。仲間が莉穂をさらったぜ。このままテメェがシカトするならよぉ……頭の悪いテメェでも理解できるよなぁ? 番犬女も俺に危害加えようとした時点でアウトだからな!」


「仲間だと? あの白い連中はなんなんだ!?」


「西埜、お前は世間を味方につけたつもりだが、人間なんて千差万別だ。世の中、俺と同じテメェを気に食わねぇと思う連中は結構いるんだぜ……へへへ」


「――【救ボス会】だな? 貴様、やはり奴らと手を組んでいたのか?」


 アリアが鋭い眼光で睨みつけながら言ってきた。


 【救ボス会】? 

 以前、ペコキンさんが気をつけろと忠告してきた団体だ。

 正式名は【救世主からダンジョンのボスを守る会】。

 まだ実態は明らかになっていないが、左翼思想を持つ過激派ではないかという話だ。


 そんな連中と藤堂は仲間になったというのか?


「……まぁな。あの人・ ・ ・に引き抜かれ、意気投合したってところだ。んで、テメェに復讐する手助けをしてくれているってわけだ」


「あの人?」


「西埜如きに教えねーよ。てか金髪女、お前んとこの組織は大体掴んでいるんだろ? その上で俺を泳がしていた。そう、あの人・ ・ ・が教えてくれたぜ」


「フン! 私の使命は、ご主人様に仕えお護りすること。詳細までは知らされておらん……だが貴様に加担する男、『猫間 ひろし』という人物については聞かされているぞ」


「チッ、知っているじゃねーか。まぁいい……んじゃ、あとで時間と場所を指定すっから必ず来いよ、コラァ」


 藤堂は背を向け立ち去ろうとする。


「ま、待ってくれ! 俺に復讐ってなんなんだよ!? 俺は何もしてないだろ!?」


 呼び止める俺に、奴は振り向きこう言ってきた。


「すっとぼけんやがって……テメェがダンジョンのボスを斃して救世主とか祀り上げられたせいで、世間から俺にヘイトが向けられ今じゃこの有様だ。何もかも失っちまった……西埜、テメェは俺の人生を狂わせて張本人なんだよ!」


「そんなの自業自得の逆恨みじゃないか! ギルドマスターの昌斗さんだって、お前にチャンスを与えたと聞くぞ! けど、お前が無視したからそうなったんじゃないのか!?」


「ふざけんな! 誰がテメェのような雑魚に土下座して赦しを請うか! 俺は認めねぇ! テメェのようなカスが、この俺より優れているなんて認めねぇ! 認めてたまるか!」


「……藤堂」


「フン! 話はここまでだ。んじゃ後で連絡すっから待ってろよ、西埜。それと番犬女、俺をドローンで追跡しようとしても無駄だからな。猫間さんが全部見抜き対策してくれてんたぜ……へへへ」


 途端、フッと藤堂の姿が消えた。


「なんだと!? 藤堂ッ!」


「……ステルス迷彩服か? しかも足音すらも消すとは……最新型か?」


『――そのとおりじゃ。些か連中を甘くみてたわい』


 不意に背後から、ミランダ班長の声が聞こえた。

 振り向くと、DUN機関製の追跡ドローン『フェアリー』が間近で浮いている。


「見ていたんですか、班長さん?」


『うむ、アリアから報告を受けてな。連中は、あの最新型の光学迷彩と独自のネットワークを駆使し、隠密による暗躍活動を続けておる。偵察用ドローン「サリエル」と監視型の人工衛星を駆使しても、現時点ではその場の動向を捉えるので精いっぱいじゃ。後手後手ですまんのぅ、ミユキ』


「いえ、そんなことは……それよりも莉穂を、彼女を助けないと!」


『わかっておる。だが人質である内は安全が確保されておる筈じゃ。ムカつくが、ここは藤堂からの連絡を待つしかあるまい。アリアよ、ミユキを連れて本部へ来るのじゃ』


「了解しました、班長殿。ご主人様、迎えを手配いたしますね」


「わかった、アリア……」


 クソッ、とんでもないことになってしまったぞ!

 藤堂め! どうしてそんなに俺を目の仇にするんだ!?


 それから間もなくして、DUN機関が手配した自衛隊ヘリが迎えに来る。

 俺はアリアと共に本部へと向かった。


 途中、藤堂からメールが届く。



 ――今夜、20時00分までに指定する廃墟工場に来い。

 あと自慢の『SPS』だかも装備していいぜ。

 他の女達も立ち合いはOKだが加勢は認めねぇ。

 

 あくまで西埜、テメェとの一騎打ちだ。

 そこ忘れるなよ、カス野郎が。



「なんと腹ただしい! こんな下衆、このアリア・ヴァルキリーが【救ボス会】ごと一網打尽にしてくれましょうぞ!」


「いや加勢は駄目だって言ってんじゃん……莉穂が人質に捕えられているってこと忘れないでくれよ」


 しかし、SPSを装備してもいいってどういう意味だ?

 通常の探索者シーカー装備で、あれに敵うわけないのを知らないのか?

 前回もダンジョン探索でお披露目しているから存在は理解しているだろうに……。


 それに、もう一つ不可解なことがある。


◇◇◇


「ほう、《支配者破壊ボスブレイク》が働かなかったじゃと?」


 DUN機関、D班の本部にて。

 俺は、ミランダ班長に打ち明けた。


「ええ……きっと、特に何かされたからじゃないと思うんですけど。でも……」


「でも、何がじゃ?」


「衝動を感じないんです。いつもなら、こう内側から力が沸いて溢れてくるんですけど……」


「おそらく今の藤堂 健太には該当しないからだと思われます」


 革製の椅子に腰を下ろすミランダ班長の隣に立つ、副班長の楓さんが言ってきた。


「該当しないって、どういうことですか?」


「もう藤堂は誰かを支配する立場にないという意味です。つまり『ボス』ではないということですよ」


「そうじゃな。今の藤堂を支えておるのは【救ボス会】の猫間という男じゃ。こやつに関しては謎すぎてようわからん。あれから持てるルートを駆使して調べておるが、まるで尻尾がつかめんのじゃ……まぁ思い当たる節はあるがのぅ」


「思い当たる節ですか?」


「まぁ今言うことではないじゃろう。それより、これからミユキ用のSPSの調整を行うぞ。現地にはアリアとファティを同行させる。それと楓、四葉と鈴音に指定場所で身を潜ませるよう指示するのじゃ。万一はミユキに危険が及ぶようであれば、人質の有無を問わず連中を殲滅させる」


「わかりました、班長」


「え? それって莉穂を見捨てるってことですか?」


 楓さんが凛々しく了解する一方、俺が疑問を投げかける。

 ミランダ班長は「うむ」と首肯してみせた。


「最悪はそうなる。妾らD班は汝の護衛を徹する組織じゃ。慈善事業や急援助活動の任務はない」


「そんな……」


「まぁ聞け。あくまで妾らD班としての心構えじゃ。ミユキは何も気にせず大切な幼馴染のことを守るよう徹すれば良い。さすれば妾ら一同、必然的に、人質を守ることになるじゃろう」


 要するに俺次第ってことか。

 

 ――俺が藤堂に勝つ。


 それが、莉穂を助ける絶対条件だ。


「御幸君、話はミリンダちゃんから聞いたわ。有名になると、必ずやっかむ連中が出てくるから大変ね。アンチなんて気にする必要ないわ。モテない男達の僻みだと思えばいいのよ」


 自動扉が開かれ、立花博士が入ってきた。

 いったい班長からどんな風に聞いたのかわからないけど、そんな可愛らしい連中じゃない気がする。

 

「ええまぁ、なんて言っていいのやら……」


「それじゃ早急にSPSの調整を行うから来て頂戴。あと新機能の説明もするからね」


「新機能ですか? どんな?」


「まぁ一言で例えると、《支配者破壊ボスブレイク》を発動させる上でのサポート機能かな」


 立花博士は「実際に使ってからのお楽しみよ~フフフ」とマッドっぽい口調で微笑んだ。

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