first friend
あるところに、ドルミーレと言う名前の少女がいました。彼女は、生まれた時から体が弱く、家の外に一度も出たことがありませんでした。
なので、他の子供達と遊ぶこともできずに、家に篭りきりで、友達もひとりもいませんでした。
ある日、それを可哀想に思った父親と母親が、彼女の9つの誕生日の日に彼女に初めてのお友達をプレゼントしました。それは、綺麗なブルーのビーズの目をした、くまのぬいぐるみでした。
彼女は、初めてできた友達に、大喜びしました。
「あなたの名前は、イベリス」
イベリスと名付けたくまのぬいぐるみを、愛おしそうに胸に抱きしめて、彼女は初めてできたお友達を、とても大事にしました。
そして、毎日のように、イベリスと楽しくお話をするのです。
ところが、そんな楽しい日も長くは続きませんでした。彼女が10才の誕生日を迎えた日に、彼女の容態が急変したのでした。
その日の夜に、彼女は大事な大事な友達のイベリスを自分のとなりに寝かせながら、か細い声でこう話すのでした。
「テッラディソーニと言う名前の町に、とても美しい花が咲く丘があるんですって。わたしが元気だったら、そこに行って、その花を最後に見てみたかったわ」
彼女の頬を、透明な涙が一筋頬を伝って静かに音もなく消えてゆきました。
イベリスの青いビーズの瞳の中で、それはきらきらと光って見えたのでした。
そして、奇跡は起きました。
眠りについた彼女のとなりで、くまのぬいぐるみのイベリスが、ゆっくりと起き上がったのです。
イベリスは、彼女の眠る綺麗な顔を眺めながら、彼女とお話ししたことを全て覚えていました。
自分が、彼女のたったひとりの大事な友達であることも、彼女がイベリスを毎日とても可愛がって愛していてくれたことも。
イベリスは、彼女の頬に一度だけそっと触れると、閉じられた窓を開いて、その隙間から身を乗り出しました。
夜風が強くカーテンを揺らして、イベリスは青いビーズの瞳に月の光をじっと見据えていました。
そして、高い窓から飛び降りたのです。
ちいさな体は地面に叩きつけられて、片目のビーズが割れてそこら中に飛び散りました。
見えなくなった片方の目をさすりながら、イベリスはゆっくりと起き上がると、ドルミーレの家の庭の高い柵をくぐり抜けて、夜の町の中に旅に出たのです。
ドルミーレが最後に見たいと言っていた、花を探しに。
夜の町はとても怖くて危険です。
車の排気ガスに、眩しいネオンの灯り。お酒の匂いや、タバコの煙。イベリスは、彼女のゆめを一身に背負って旅に出たのです。
道中では、恐ろしい野犬に腕や足を噛みちぎられそうになりました。雨が降り出し、大きな車のクラクションに、泥水がはねあがり綺麗だった体は泥だらけに。強風に煽られて吹き飛んだ体は壁にぶち当たって、路地裏の暗い夜道にうつ伏せになって、転がっていました。
「なんだ、この汚いくまのぬいぐるみは」
酒に酔って歩いてきた男が、イベリスの体を汚れた靴のつま先で蹴り上げました。
宙を舞ったイベリスの体は、コンクリートの硬い地面に叩きつけられてしまいました。
横で彼の腕を組んでいた派手な格好をした女が、そのイベリスの有り様を見て笑っていました。
「こんなゴミ、捨ててやる」
イベリスは、路地裏の汚いゴミ捨て場に、その男と女に持ち運ばれて、捨てられてしまいました。
雨が降り止んで、雲間から月の光が差し込んで、ゴミ山の上でぼろぼろになったイベリスを照らしていました。
「夢はきっといつか叶うの。そうよねイベリス」
ドルミーレが、綺麗な花を手にしてほほ笑んでいる姿が、片目を失ったイベリスにははっきりと見えていました。
イベリスは、ちぎれそうな手足を引きずりながら、ゴミ山からテッラディソーニの花の咲く丘を目指して、また道を歩き始めました。
そして、ついにその丘に辿り着いたのです。
イベリスは、すぐにその花を家に持ち帰りました。1ヶ月後の出来事です。
彼女の姿は、もうどこにもありませんでした。
代わりに、彼女がいつも着けていた、ネックレスを首にぶら下げた可愛いくまのぬいぐるみが、彼女のベッドにそっと、置いてあったのです。
イベリスは、片方だけになった青いビーズの瞳で、それを見つめながら、空っぽになったベッドに向かって、一輪の可憐な花を差し出しました。
「……ぼくの、ドルミーレ」
風がカーテンを揺らして、花びらが舞い散りその奥で彼女が笑っているようにイベリスには見えました。
「もし、イベリスがわたしが居なくなった間に帰ってきても寂しくないように、イベリスのお友達を買ってほしいの。名前は、ドルミーレよ」
朝になり、ドルミーレの母親がなくなったドルミーレの部屋のベッドを覗いてみると、ドルミーレのくまのぬいぐるみのとなりに、仲良くならんで、片目になったぼろぼろのイベリスのくまのぬいぐるみが、膝に小さな花を乗せて座っていたのでした。その花は、真っ白な小さなベゴニアの花だったと言います。
花言葉は、幸福な日々。愛の告白。片思い。
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