32 定例会議

 温暖期が始まり、「中央ヤイラム魔進館」の塾生たちは勉強に追い込みをかけ始めていた。


 近年のエデュケイオンでは入試シーズンは寒冷期に相当するため「温暖期の努力が合否を分ける」という認識は魔術学院受験専門塾でも同様であった。


 そんな中、休息日の前日の深夜に塾長であるノールズとユキナガをはじめとする講師たちは定例会議を開いていた。


 狼人生が全寮制で通う「魔進館」に定休日はないため、講師たちが全員揃って会議を行えるのは休息日前日の23時以降だけである。



「12人全員の直近の模試の成績だが、俺が事前に見てきた限りではこれといって心配はないと思う。アシュルア先生はどう思う?」

「亜人語に関してはどの生徒も順調に成績を伸ばしていると思われます。発音や聞き取りの技能も着実に身に付けてくれていますから、今後もさらなる成績向上が期待できます」


 ノールズの質問に、大手予備校「獅子の門」から引き抜かれた亜人語科主任講師のアシュルアはそう答えた。


 アシュルアは弱冠34歳にして「獅子の門」カジュニス校の亜人語科主任を務めていた才女であり、この塾の講師ではユキナガの次に給与が高かった。


 その後に数術科主任講師のヨハランをはじめとして他の講師たちも意見を述べていき、温暖期を迎えたばかりの現時点ではどの生徒も問題なく実力を身に付けているということで意見は一致していた。



「教科の先生方の考えは分かったが、ユキナガ先生の意見も聞きたい。生活態度とか体調でもいいから気になる生徒がいたら教えて欲しい」

「分かりました。私はどの教科の専門でもありませんが、塾生の学力に関しては教科の先生方のお考えに賛成です。また、特に生活態度や体調の不良が気になる生徒も見当たりません。ただ……」


 会議室の椅子に腰かけたまま、ユキナガはある生徒の模試の成績表を手に取った。


「イクシィ君だけ少し気になる点があります。彼は入塾時の成績は12人中2番目で、現在の模試の成績も12人中2番目となっています。これ自体は好ましいことなのですが、絶対的な成績の伸びが他の生徒と比べて小さいのです。元々ある程度の学力があった以上成績が劇的には伸びにくいのは仕方のないことなのですが、彼自身も焦りを感じているようです。この前の面談でも仲のいい男子生徒の学力が自分に追いついてきて心配だと話していました」

「そうなのか。魔術学院受験は大陸中の受験生との勝負だし狭い塾内で成績を比べる意味なんてないんだが、本人が気にしているとなると心配だな」


 魔術学院の志望者に限らず、上級学校受験生の成績の伸び方は生徒によって全く異なる。


 受験勉強開始から試験本番まで一様に伸びていく生徒もいれば、最初は全く伸びず直前期に一気に伸びていく生徒もいる。


 イクシィの成績は現時点で魔術学院合格を十分に狙える水準であったが、イクシィ本人は自分は成績の伸びが悪いと思い焦っていたのだった。


「それでもイクシィ君は真面目に授業を受けて自習にも励んでいますから、今は彼に寄り添って見守ろうと思います。教科の先生方に改めてお願いとなりますが、今後イクシィ君に気になる点があれば私まで連絡をお願いします」

「承知しました。授業中もなるべく様子を見ておきます」


 ユキナガにそう返答したヨハランに、他の講師たちも頷いて同意を示していた。

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