第1章 異世界予備校

4 転生者事務局

 目覚めたユキナガの身体は冷たい石の台の上に横たわっていた。


 周囲には石の台を取り囲むように仏具を連想させる自立式の金属器が4つ置かれており、狭い部屋の中には扉が一つしかなかった。


 上半身だけ起き上がって自分の身体を見ると衣服は着ているがスーツではなくみすぼらしい布の服の上下で、肌の様子や身体の軽さから肉体は20代前半に若返っているのだろうと思われた。


 奇妙なことに自分が別の世界からこの世界に転生したということとユキナガという名前、この世界でも教育者として生きたいという意志を除いては転生するまでの記憶の大半が消え去っており、自分自身が前世でどんな世界に生きていたのか、どのような理由で死亡し転生に至ったのかも思い出せなかった。



 石の台に腰かけたまま扉の方を見ると扉には貼り紙がされていて、そこには何やら見慣れない記号が並んでいた。


 台から立ち上がって扉まで近づくとそこに書かれている記号をはっきりと見ることができ、そこには、



>転生者の方へ この世界にようこそ! 迎えの者が参りますので、この部屋から出ずにじっとしておいてください。



 という意味のことが書かれていた。


 転生したばかりだからかその記号がどの国の何という言語なのかは分からなかったが、自らがこの記号で表される言語の読み書きと会話を行えるということは直感的に理解できた。


 貼り紙の指示に従い再び石の台に腰かけてしばらく待っていると、外側から扉がノックされる音がした。



「失礼します」


 若い男性の声がして扉が開き、そこには軽装の鎧をまとった長身の男性が立っていた。


 男性は短剣を腰に携えているが、明るい笑顔を浮かべていることから自分に警戒している訳ではないようだとユキナガは理解した。



「はじめまして、この世界に転生致しましたユキナガと申します」

「ご気分もよろしいようで何よりです。私は転生者事務局の次官、ミッターと申します。この度はご転生おめでとうございます」


 ミッターと名乗った男性は役人すなわち公務員と思われる人物で、ユキナガはこの世界には転生者を出迎える事務局があるらしいと察した。


 ミッターに促され、ユキナガは石の台から立ち上がると開かれた扉から外に出てそのまま更衣室に通された。


 更衣室にはしっかりした作りの衣服と革の靴、肩から掛けるカバンが用意されていて、それらを身に着けるとユキナガはようやく外に出ても問題のない服装になった。



「立派なお姿になられましたね。そちらの布の服はこちらで預かりますのでその棚に置いておいてください」

「分かりました。この衣服や道具は転生者全員に支給されるのですか?」

「いえ、その持ち物はユキナガさんを迎え入れる団体が用意されたものですよ。事前の準備が間に合わなかった転生者にはこちらで最低限の装備を支給致しますけどね」


 ミッターの話から、自分はこれからあてもなく異世界をさまようのではなくどこかの団体に転生者として迎え入れられるということが分かった。



 ミッターに追従して外に出ると、ユキナガが目覚めた場所は事務局の本体とは別の建物であるようだった。


 一旦路地に出てから再び大きな建物に入ると、ユキナガはミッターの指示で広々とした集会所に通された。


 そこには大きく距離を空けていくつものテーブルが置かれており、この世界に現れたばかりの転生者たちと彼らを迎え入れる団体の代表者らしき人々が会話をしていた。


 ユキナガは窓際のテーブルで待機するよう指示され、椅子を引いて腰かけるとミッターは礼をして去っていった。


 大きな窓からは建物の外の様子をうかがうことができ、野ざらしの地面をくたびれた衣服の人々が歩いていく様子を見てユキナガはこの世界の文明のレベルはそれほど高度ではないようだと察した。


 転生者事務局のあるこの地域が田舎であるという可能性もあるが、自分が前世で生きていた世界とは文明のレベルが大きく離れているのではないかと思われた。



「ユキナガさん、こちらがこの世界であなたを迎え入れる団体の代表者様です」


 自分がこれから世話になる人物を連れて来たらしいミッターの声を聞き、ユキナガは椅子から立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る