大和田行長の無限転生記 ~異世界受験ゴールデンメソッド~
輪島ライ
序章 転生
1 絶命
日本国大阪府豊中市にある
西日本を代表する超進学校の
学友たちと共に難関大受験専門塾「
臨床医や研究医として病気に苦しむ患者を救うのは確かに素晴らしい人生だが、自分は教育者として未来のエリートたちを育て上げることで社会に貢献したい。
そう考えた彼は東大医学部卒の肩書を看板に受験指導者としてのキャリアを歩み、44歳になる今では日本を代表する教育評論家として大成していた。
他の理事たちとの経営方針の衝突から緑青会の代表を退いた後はフリーランスの入試アドバイザーとなり、通信教育で受験指導を行う私塾「アイアンゲート・ゼミナール」を経営する傍ら『受験は戦略が10割』『医学部受験ゴールデンメソッド』等の著作を次々に世に出した。
日本中の難関大受験生を指導する一方で生涯の伴侶には巡り合えず子供のいない人生には寂しさもあったが、教え子たちからの感謝の言葉が彼に生きる気力を与えていた。
そして2019年8月の今日この日、行長はここ春台大阪校で講演会を行うことになっていた。
春台のような大手予備校では1クラスの人数が70名を超えることも珍しくなく、担任指導を行うチューターや大学生アルバイトの尽力があっても勉強法の指導はどうしても不十分になる。
闇雲に勉強する結果になりがちな予備校生たちに難関大受験のメソッドを教えるため、彼は多忙なスケジュールの合間を縫って大阪まで招致されたのだった。
行長自身は兵庫県神戸市出身であり母校である凪高校も神戸市内にある中高一貫の男子校だったが、東京暮らしに慣れた身には久々の近畿圏訪問は懐かしい感じがした。
スーツ姿で春台大阪校の廊下を歩いていくとちょうど休み時間であるからか辺りには私服を着た予備校生たちが
礼儀正しい若者の姿に感心しつつ、行長は事前の打ち合わせのため3階にある応接室に向けて階段を上っていった。
元気のよい足取りで2階へと進み、3階へ向けて上がろうとした矢先。
行長は途中の踊り場で、男子生徒と30歳ぐらいに見える男性が何やら言い争いをしている姿を目にした。
「……お前、いい年して
「君こそそんなに若いのに再受験生に彼女取られて悔しいだけでしょ? 僕は君と違って時間に余裕がないんだよ。分かったらさっさとそこをどいてくれ」
どうやら若い予備校生の彼女が再受験生の予備校生に心変わりしたことでトラブルになっているらしく、行長は彼らのいさかいを年長者として仲裁しようとした。
「こらこら君たち、こんな所で喧嘩するのはよくないぞ」
「何やこのおっさん。部外者は口挟まんでくれんか」
「大和田先生じゃないですか! どうもどうも、今日の講演会は楽しみにしてますよ」
「待たんか、お前」
行長に挨拶しながらその場を立ち去ろうとした再受験生に若い予備校生は食ってかかった。
「大和田先生、この子は僕に彼女を取られて頭に血が
「俺は頭に血が上ってなんかない、そいつが鬼畜の行いをしたんが悪いんや!」
まだ高校生と何も変わらないように見える若い予備校生は、頭から湯気を出さんばかりの勢いで怒声を上げた。
彼の悔しい気持ちは行長にも理解できるが、彼女にも付き合う相手を選ぶ権利がある以上は若い予備校生の行為を肯定することはできない。
「君の怒りはよく分かるけど、今はぐっと耐えるんだ。真面目に勉強して難関大に行って、もっと素晴らしい女性と付き合えばいいじゃないか。その日までは
「先生、その子は今のところ偏差値41でどうしてこの校舎にいるのか分からないぐらいなんですよ。僕が医学部を目指してるのも気に食わないみたいですし、臥薪嘗胆という言葉も理解できるかどうか。じゃあ失礼します」
再受験生は余計なことを言ってから階段を3階に向けて上がろうとした。
「この野郎、殺したる!」
「君、暴力はいけないぞ!」
去り際にまで悪口を言われて怒髪天を
「やかましい、ジジイは黙っとれ!!」
完全に頭に血が上った若い予備校生は、自分を制止しようとした行長を振り返りもせずに左手で突き飛ばした。
2階から3階へと続く踊り場で行長は体勢を崩し、そのまま階段を下へと転がり落ちていった。
全身を打撲し複雑に身体を捻じ曲げられつつ落ちていった行長は2階の床に頭部を打ち付け、そのまま意識を失った。
大和田行長が春台予備校の生徒に殺害されたという一大ニュースはその日の夕刊の一面に掲載され、アイアンゲート・ゼミナールや春台予備校を含む彼が役職を持っていた複数の企業は事後処理に忙殺されることとなった。
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